アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

教育者が給食の目的を見失った結果【大磯町給食「食べ残し」】

国の未来を担う人材に出す食事ではない

神奈川県大磯町の町立中学校で給食の食べ残しが問題になっている。業者の納入しているデリバリー方式の給食の味が悪く、しかも異物が混入しているという体たらく。

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画像を見る限り容器といい、体裁といい以前見た警察の留置場の食事そっくりだ。同じ業者が両方やっているのかと思えるほど。こんなものを前途ある中学生に食べさせるなんてもってのほか。

「飽食の時代」における給食の役割

いまの日本は先進国で子供たちのお腹は満たされている。つまり「お腹いっぱいになってもらう」「給食で栄養を摂る」という面は現代における給食の主たる目的ではない。では給食の意義は何かといえば教育、いわゆる「食育」。

具体的には

・配膳のやり方や食べ方のマナー、テンポを覚える。

・メニューの構成を考察して栄養面、色取りなどクッキングやレシピの面白さを感じながら、作ってくれるひとへの感謝の気持ちも育む。

・個々の料理の原材料がどこから来ているか調べ、輸入ものなら相手国の国情まで調べてみる。貿易のあり方や国際情勢について考えるきっかけとなる。

給食をこうした「食育」に繋げるには学校で給食を作り、生徒に手渡し、生徒自らが取り分けて、皆で食べることが不可欠。

大磯町のように業者に頼んだ「弁当」を配るのでは単に腹を満たして終わり。「食育」などとても無理。給食費とってこんなことやるなら給食を廃止して保護者が生徒にお金を渡し、お昼休みに各々ほっともっとで弁当を買ってきた方が余程いい。

教育者の人間性の薄さ、甲斐性のなさのあかし

大磯町の教育者は給食が何のためにあるのかを全く分かっていない。というより考えたことすらないのだろう。常識があれば業者に頼んだ「弁当」をばらまいて給食だなんて発想は出てこない。こんな臭い飯を平然と大事な生徒に食わせる連中は教育に携わる者として人間失格。生徒はコストを理由に自らを虐げる大人への不信感を募らせるだろう。

よく予算がどうしたとか言うのがいるがそれこそ自らの無能さを認めているだけ。お金は降ってくるものではなく集めるもの。卒業生に寄付を募るとか、クラウドファンディングするとかやりようはいくらもある。少子化の世の中でまず必要なのは今いる子供たちひとりひとりを大切にし、全てにおいて最高の環境を作ること。それを実現する能力のない人間は教育の現場から直ちに一掃するのが当然。

範はチャンピオンズにあり【JAL選手権回顧】

日本のゴルフ受容史における画期的出来事

PGAツアーチャンピオンズ「JAPAN AIRLINESチャンピオンシップ」(成田ゴルフ俱楽部)はコリン・モンゴメリーの優勝で幕を閉じた。同ツアー初の日本開催試合の内容が激戦でしかも殿堂入り選手の優勝となったことは喜ばしい限り。

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過去LPGAの試合は日本で長年定期的に行われてきたがPGAツアー所管のトーナメント開催は一度も実現しないできた。その間韓国でPGAツアーチャンピオンズやプレジデンツカップが行われるという事態になり、100年以上のゴルフ受容史を持つ日本として恥ずかしい状況だった。今回、遅まきながらのPGAツアー所管のトーナメント開催が日本で実現したのは画期的出来事。各選手からの反応は社交辞令を差し引いても好意的だった。日本のゴルフ関係者は協会からゴルフメディアまで結束し、継続開催に持っていくことが重要。

news.golfdigest.co.jp

優勝したモンゴメリーは全盛期のライダーカップ出場時のようにパッティングがよく決まった。また身体の柔軟性が健在でスウィングのリズム、流れのスムーズさを最後まで保てたのも勝因。

日本人選手では倉本昌弘・日本プロゴルフ協会会長が7位タイに食い込む大健闘。

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最終ラウンドで珍しくパッティングが入り、ロングパットを仕留めて見せた。かつてチャンピオンズに参戦し、「場離れ」していたのがプラスに作用。逆に他の選手はやる気が空回り。

真剣勝負とエンタテインメントのさじ加減

PGAツアーチャンピオンズの全体の魅力については以前の本ブログで触れた。

choku-tn.hatenablog.com

ゴルフ中継の質の向上が求められる日本のテレビ局

今回の試合はいわゆるメジャーではないがアメリカ・ゴルフチャンネルは殿堂入りのラニー・ワトキンスを解説に迎えていた。一方日本の中継局(BS-TBS)は加瀬秀樹、手嶋多一がそれぞれ解説、ラウンドレポーターを務めた。2人は日本のレギュラーのメジャー覇者であり適任といえる。しかし普段の日本の日米のトーナメント中継では「誰、このひと」という人物が的を得ない解説をするケースが目立つ。メジャーでない、しかもシニアの試合に殿堂入り選手を解説に起用しているアメリカのテレビ局の姿勢を見習ってどんな人物が解説にふさわしいか、日本のテレビ局はしっかり考えてもらいたい。

ショルティ没後20年に寄せて

「世界一有名な女性」とのほのかな縁

1997年9月5日、サー・ゲオルク・ショルティは休暇中の南フランスのアンディーブで心臓発作のため84年の生涯を閉じた。奇しくもダイアナ元英皇太子妃の葬儀の日。ショルティには後日開催の追悼コンサートのオファーが来ていたという説もある。

また1992年のショルティ生誕80年記念コンサートはチャールズ皇太子王太子)、ダイアナ妃(当時)の共催だった。恐らく子供時代、サー・マルコム・サージェントにファンレター送ったほどのクラシック大好きの皇太子主導の企画と思われるが、ともかくショルティとダイアナ妃にはわずかながら繋がりがあった。この生誕80年記念コンサートのスピーチでショルティが呼び掛け、3年後の1995年に実現したのが世界中のオーケストラの首席クラスが集う「ワールド・オーケストラ・フォー・ピース」プロジェクト。

youtu.beショルティ没後はゲルギエフがリーダー役を担った。

youtu.be

ショルティに関する私の見方、特に日本での受容については以前記した。

choku-tn.hatenablog.com

思えばショルティの名に出会ったのはクラシック音楽に興味持つ前の1990年頃。当時あったTBSの番組「新世界紀行」でシカゴが取り上げられた時にシカゴ交響楽団の音楽監督としてショルティのリハーサルの様子が流れ、間もなく退任する旨の字幕が出た。この番組で「音楽監督」という肩書や政治家みたいな「退任」の存在を初めて認識。

1995年秋にクラシック音楽好きとなり、ショルティはCDラックの中心を占めたが正直ファンになったのは没後。FMの追悼放送で聴いたホルストの惑星とNHK教育で放送されたBBC制作「名指揮者ショルティの生涯」によって受けた感銘が大きく、従って私もショルティの良い聴き手とは到底言えまい。でも22年近い間、CDをずっと飽きずに聴き続けた指揮者はショルティのほかごく少数。大切なお気に入り。

ゲオルグ・ショルティ/ホルスト:組曲≪惑星≫ エルガー:行進曲≪威風堂々≫(全5曲) - TOWER RECORDS ONLINE

人生初!応募メッセイジ採用【NHK-FM「きらクラ!」】

チャイコフスキーのオペラへの思いを込めて

毎週日曜14:00-15:50放送のクラシック音楽バラエティNHK-FM「きらクラ!」は気持ちのほぐれる楽しい番組。いくつかのコーナーの中にイントロ当ての「きらクラDON!」がある。8月27日の出題が大好きなチャイコフスキーの歌劇「エフゲーニ・オネーギン」のポロネーズだったので回答とメッセイジを送ったところ、9月3日の正解発表の放送で何と採用された。私のラジオネーム「フェドセツキー」が読み上げられた瞬間思わず絶句。拙稿を取り上げて下さった番組スタッフの方にこの場を借りて心からお礼申し上げたい。

www4.nhk.or.jp

ちなみにメッセイジの内容は「日本人はチャイコフスキーが大好き。私の周囲にも大勢いますがオペラを好んで聴く向きは殆どいません。残念なことです。チャイコフスキーの神髄はオペラにあります。歌・音楽とドラマの織り成しが絶妙でなかでも《エフゲーニ・オネーギン》は最高です。重なり合わぬ愛の哀しさは涙をしぼります。11月9日、NHK音楽祭の一環でフェドセーエフ指揮、チャイコフスキー交響楽団により演奏会形式ながら極め付きの顔ぶれで全曲上演されます。チャイコフスキー好きは全員集合!」。

ずっと抱いてきた気持ち。チャイコフスキーが好きと言う日本人は腐るほどいるがオペラを聴いてない人間の多いこと、多いこと。とても不可解。「エフゲーニ・オネーギン」「スペードの女王」「イオランタ」・・・チャイコフスキーの緻密でドラマティックな音楽作りの魅力の全てはオペラにこそつまっている。オペラ聴かないでチャイコフスキー好きって一体何聴いて好きになったのかとさえ思う。

www.nhk-p.co.jptower.jptower.jptower.jptower.jptower.jp

羽田孜元首相逝去【「平時の羽田」の律義さ】

「伝説」をあえて否定した誠実な人柄

若き日の羽田孜元首相は小田急バスの観光課員だった。その時「歴史散歩」「文学散歩」などのバスツアーを羽田氏が考案したという「伝説」が政界進出後に作られた。サラリーマン出身の政治家は大体こうした伝説を利用するものだが、羽田氏はわざわざ自著で発案者は別の人物だとはっきり訂正している。この真面目さが政界から有権者まで幅広く慕われた理由だろう。

木曜クラブ経世会と権力の中央を歩いたがカネには淡泊。蔵相時代、担当記者を蕎麦屋や居酒屋によく誘ったが勘定の際に手持ちが足りず、しばしば秘書官に借りていたという。当選3回までは議員歳費100万円のうち、20万円を夫人に渡し、残りで政治活動費をまかなった。そんな羽田氏が後年選挙制度改革にまい進したのは「カネのかかる中選挙区制が(政界の腐敗の)元凶」と思い込んだから。

煽らずかみくだいて政策を説く演説の巧みさ

1度、首相退任後の羽田氏が渋谷で演説するのを聞いた。「前座」の地方議員が大声でがなり立てた後に登壇した「真打ち」羽田氏は「前座」と対照的に抑えたトーンでかんでふくめるように話すスタイル。うるさくないし言葉が明瞭で聞きやすいので好感を抱いた。終わった後、聴衆と握手した。ひとりひとりの顔を見て丁寧にやっていた。私も握手してもらった。「もう1度、総理になって下さい」と言ったら笑って「ありがとう」と返してくれた。

クイズ番組に「良問」を提供

外務大臣時代にはTBSのクイズ番組の求めに応じ「次のうち《外務大臣》のいない国はどれでしょう?」という3択問題を提供した(正解アメリカ)。司会の島田紳助氏は「良い問題過ぎる!」と驚いていた。木で鼻をくくったような問題ではなくほど良く考えさせ、「あ、そうか」と思える問題を示したあたり、羽田氏の律義な性格が覗える。

また元首相として初めてF1日本グランプリの表彰式でプレゼンターを務めた。

「未完」の政治改革と政権交代を見届けて

宮沢賢治の「アメニモマケズ」を好んだ羽田氏。当選同期の小沢一郎氏と組んで「55年体制」を終わらせ、短い首相在任の後は小沢氏と離れて民主党(現・民進党)の党内各勢力の接着剤役、縁の下の力持ち的存在だった。その間一貫して「政治改革」「政権交代」を唱え続けた。ともに形の上では実現したものの中途半端に終わったことが明らかとなった2012年12月、羽田氏は脳梗塞の後遺症のため政界を退いた。R.I.P.

www.jiji.com

〔参考文献〕

『素顔の宰相』(冨森叡児著、朝日ソノラマ;2000年)

My Favorite Things:朝比奈隆のベートーヴェン【俵孝太郎のintoxicateコラムから】

日本人演奏家紹介のパイオニア

かつてニュースキャスターやクイズ番組「マジカル頭脳パワー」の解答者としてお茶の間でおなじみだった政治評論家の俵孝太郎氏(1930-)はクラシック音楽ファン。単なる趣味に止まらず、日本のクラシック音楽受容史を録音の観点からとらえようと、現在ほど日本のクラシックアーティストの録音や映像が注目されなかったレコード時代に音源をコツコツ蒐集した。コレクションから汲み取ったものは著書『CDちょっと凝り屋の楽しみ方』(絶版だが古本の入手は容易)とタワーレコードのフリーマガジン『intoxicate』の名物コラム「クラシックな人々」に織り込んでいる。このコラムは『intoxicate』が20年以上前に『musee』のタイトルで創刊以来、唯一継続中のレギュラーコーナー。

ニュースキャスター時代の俵氏

youtu.be

ベートーヴェン交響曲全集録音盤のコレクターでもある俵氏2017年8月号(#129)から「クラシックな人々」で日本人指揮者・日本のオーケストラが手掛けたベートーヴェン交響曲全集についてのシリーズを始めた。第1回は朝比奈隆そこで俵氏のコラムを補いつつ、私自身の思いも綴る。

10指に余る朝比奈隆ベートーヴェン交響曲全集録音

俵氏のカウントだと朝比奈隆ベートーヴェン交響曲全集はCD・DVD合わせて11種類。同一演奏のCDとDVDは区別し、最晩年のオクタヴィアの同曲異演2枚組は2種類と数えている。今回はこのカウントに沿って書くので『intoxicate』#129をお持ちの方はpp.58の俵氏のコラムを横目に御覧頂ければと思う。以下段落冒頭丸囲みの番号は記事中の番号と対応している。オーケストラは断りなければ全て大阪フィル。

②1977-1978年ライヴ

最初のCD化の際、第5番のみ1982年東京ライヴに差し替えられたが2004年の再発で1977年ライヴの第5番が初CD化された。

朝比奈隆/ベートーヴェン コレクションBOX<完全生産限定盤> - TOWER RECORDS ONLINE

このボックスは廃盤だが受注生産のMEG-CDで個別に入手可能。

朝比奈隆/[Vol.4]ベートーヴェンコレクション - TOWER RECORDS ONLINE

※2019/2/6追記※SACDシングルレイヤーの限定盤ながらボックスが復活した。

【SACD】ベートーヴェン: 交響曲全集、ミサ曲集(1977-78年ライヴ)、<特別収録>交響曲第5番(1982年ライヴ)<タワーレコード限定>

結構荒れ狂った演奏が並ぶ。とりわけ第3番、第5番、第7番、第9番はインパクト大。

③1985年ライヴ

音響の良いザ・シンフォニーホールでのデジタル録音。演奏、音質ともにハイレヴェル。②と比べるとオーケストラの弦楽器の精度が大幅に向上、曲同士の出来の差が殆どなく、押しの強さと造形美、響きの見通しのバランスがとれている。なかでも第1番、第3番、第4番、第9番は素晴らしい。このコンビを代表する名盤。バラで一部の番号は入手可能だがボックス再発が待たれる。

朝比奈隆/ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」 - TOWER RECORDS ONLINE

⑤1988-1989年ライヴ

新日本フィル。評価の高いCD(現在はハイブリッド化されたボックスベートーヴェン交響曲全集)の映像。ただし9番は別テイク(CDの前日)。

新日本フィルハーモニー交響楽団/ベートーヴェン: 交響曲全集(実相寺昭雄 映像監督) / 朝比奈隆, 新日本フィルハーモニー交響楽団, 晋友会合唱団, 他<初回生産限定盤> - TOWER RECORDS ONLINE

➅1991年ライヴ(第9番)、1992年ライヴ(第3番・「レオノーレ」序曲第3番と第5番)、1992年セッション(第1,2,4,6-8番)

健康状態や大阪フィルの運営上の問題を抱えたなかカラヤンの記録を抜くために作られた全集。そういった事情を反映して1992年ライヴの第3番と第5番は好演だが他の番号は楽曲単位どころか楽章間でもムラが目立つ。例えば第7番はセッション録音にもかかわらず演奏上の不備(第1楽章など)や編集ミス(第3楽章)がある。

ベートーヴェン: 交響曲全集(1991-92)+朝比奈隆「私とベートーヴェン」インタビュー付<タワーレコード限定>

⑦1996-1997年ライヴ

朝比奈隆の人気が最も高かった頃の演奏。出来不出来の差が小さくオーケストラの響きやアンサンブルの精度は安定しているが若干淡白な質感の番号もある。録音は優秀でマスの拡がりと解像度の高さを兼ね備える。元記事下の紹介見るとハイブリッド盤のボックスがあるように見えるがハイブリッドで世に出たは2008年のバラ売りのみ(マルチチャンネルあり〔廃盤〕)。2011年再発のボックスは通常CDだった。

※追記※2020年7月、タワーレコードとオクタヴィアレコードの協力によりSACDハイブリッド盤(マルチチャンネルはなし)のボックスが発売された。

筆者によるミニレビュー

mikiki.tokyo.jp

ベートーヴェン: 交響曲全集 (6回目) (1996-1997)

⑧⑦の映像。朝比奈隆初のDVDだったので当時話題になり、高価にもかかわらず結構出回った。音質、画質は良好。ABCで放送されたリハーサル風景や若き佐渡裕との対談が特典盤としてつく。中古の入手は容易。

⑨2000年ライヴ

初出は前述の同曲異演2枚組のバラ売り。ハイブリッドのセットはバラ売り時代のCD1を軸にゲネプロのテイクも含めて再編集したマスターを使用している。なのでこのチクルスを1番いい形で聴きたければ迷わずハイブリッドのセット。値段も手ごろだし。時折集中力の低下を感じる箇所はあるが、重厚長大さの中に最晩年の朝比奈隆らしいちょっとしたテンポの動きが入る面白いチクルス。第3番、第9番は充実の内容。

ベートーヴェン:-交響曲全集:-第1番-第9番-(3-12-2000)----朝比奈隆指揮,-大阪フィルハーモニー交響楽団

なおバラ売りの9番のCD2には恒例のアンコールだった合唱団のアカペラによる「蛍の光」が収録。

ベートーヴェン:交響曲第9番「合唱」-朝比奈隆指揮、大阪フィルハーモニー交響楽団

※2021年にオクタヴィアレコード×タワーレコードの企画で同曲異演を収録したSACDハイブリッド盤のボックスが発売された。なお、初出時のバラ売りディスクに含まれたリハーサル風景や「朝比奈隆アーカイブス」は省かれた。第9の「蛍の光」は聴ける。

【追記】

2018年にそれまで未発売だった新日本フィルとの1997年-1998年のチクルスがCD化。

choku-tn.hatenablog.com

My Favorite Things:近衞秀麿のドヴォルザークとアンダーソン

端正な佇まいに宿る屈折と哀感

近衞秀麿(1898-1973)は、晩年に読売日本交響楽団と共演してベートーヴェン交響曲3曲、シューベルト交響曲第8(7)番、ドヴォルザーク交響曲第9番などをセッション録音した。このうち最も感銘の深いのがドヴォルザーク

親交のあったストコフスキー同様、自在にテンポを動かし、スコアを結構改変する。

随所でヴァイオリンにヴィオラを重ね、トランペットの合いの手が入り、第1楽章のフルートの一部にトリルを追加、テューバの挿入もある。ただストコフスキーと違い派手な色合いではなく、むしろ佇まいは端正。テンポの操作も柔らかく行う。

前半の2楽章は引きずり気味の進行で痛切なまでの哀感、やるせなさが覆い、悲劇性をにじませる。後半の2楽章は一転して開き直ったのか、豪快に鳴らし込む。

この交響曲は「新世界より」と呼ばれ、美しいメロディと弾けるリズムの魅力によりずっと人気作品。私自身、お気に入りだが、表面は親しみやすい一方で異様な一面を抱えた作品だと思う。

しばしば解説に記される「仕事先のアメリカでホームシックに苦しみつつ、出会った同地の音楽からインスピレーションを得て、故郷チェコの音楽の要素も交えながら書いた故郷へのメッセイジ」といった説明では片づけられないアンビバレントな感情が音楽の根底に流れており、チャイコフスキーの「悲愴」交響曲に相通ずる不可思議さがある。
ただ、こうした要素を浮かび上がらせた演奏は数少ない。ホーレンシュタイン:RPO、マゼールの旧盤、クーベリック:チェコフィルの1991年ライヴなどに加えて近衞も作品の内包する複雑な心理に迫っている。近衞は他の3人と比較的小さい身振りで描き出す。表現口調が割合上品ゆえ、ある種の屈折はより際立つ。

併録のスラヴ舞曲作品72-2(ハーウェル・タークイによれば近衞がよくアンコールに使ったそうだ)、スメタナ交響詩モルダウ」も速めのテンポのなかに悲哀が漂う。

ルロイ・アンダーソンを日本に紹介

近衞秀麿の最大の功績は大量の楽譜を海外で入手し、日本楽壇にたくさんの作品を紹介したこと。サマーコンサートやクリスマスコンサートの定番ルロイ・アンダーソンの作品を日本に持ち込んだのも近衞。やはり晩年に日本フィルと「そりすべり」「ワルツィングキャット」「シンコペイデッドクロック」「トランペット吹きの休日」をセッション録音した。1960年代後半の録音特有(?)の大胆に入る効果音がちょっと微笑ましいが近衞の音楽作りは緩急がパリッとついたシャープで楽しめる仕上がり。

近衞秀麿 ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95 ≪新世界より≫ 他

オーケストラを聴こう:近衛秀麿、山田一雄、渡辺暁雄、山本直純 / 日本po

ロリン・マゼール(指揮)ベルリン放送交響楽団 ドヴォルザーク: 交響曲第9番《新世界より》

クーベリック/新世界より-チェコ・フィル・コンサート+ドキュメント

レオポルド・ストコフスキー ドヴォルザーク:交響曲第9番