アフターアワーズ

山椒系ちょくの切り抜き帖

訃報

マイクの向こうの優しい口調【「鉄人」衣笠祥雄さん逝去】

2017年3月、衣笠祥雄さんはNHKのラジオ番組でこんなことを仰っていた。 私は自分が好きです。成功の第一条件は自分を好きになることです。自分で自分が好きにならないとひとに好かれることもありません。自分が嫌いな自分をひとに好きになれ、なんて理不尽で…

日本に「パリダカ」を広めたひと【R.I.P.夏木陽介氏】

1980年(昭和55年)生まれの私は1月14日に81歳で逝去した夏木陽介氏が青春スターだった時代や出演作を知らない。初めて夏木氏を知ったのは1989年、「パリダカ」として知られる「パリ-ダカールラリー」の総集編をフジテレビで見たとき。最初カッコいいクルマ…

指揮する前の戦いに強かったひと【星野仙一氏をしのぶ】

星野仙一氏は1986年秋、ドラゴンズ監督に就任直後、ロッテとの契約更改交渉が拗れていた落合博満を獲得するよう球団に強く求めた。星野氏の回想によれば戦力として落合がぜひ欲しかったわけではなく、「もし巨人に取られたらウチは当分優勝できない」と考え…

冷めた眼と厚い情【星野仙一氏逝去】

1月4日に70歳で逝去した星野仙一氏は「巨人」に特別な思いを抱き続ける野球人生だった。 現役時代は巨人キラーとして活躍。「燃える男」のイメイジを纏いながら、実は緩い球を効果的に交える冷静巧妙な投球でONのタイミングを狂わせた。通算146勝のうち35勝…

モルモン教のトップ逝去

2008年から末日聖徒キリスト教会(モルモン教)の第16代プレジデント(大管長)を務めていたトーマス・S・モンソン氏が2日に逝去。90歳だった。 私はもちろんモルモン教徒ではないし、周りに教徒もいないが2つの理由によりちょっと関心はある。 1つ目は往年…

「Mr.ロータリーエンジン」の光と影【山本健一氏逝去】

東洋工業(現、マツダ)のエンジニアとしてロータリーエンジンの実用化に尽力、後にマツダの社長や会長も務めた山本健一氏が12月20日に老衰で逝去した。95歳だった。 困難とされたロータリーエンジンの実用化の成功に貢献し、マツダに特徴ある自動車メーカー…

羽田孜元首相逝去【「平時の羽田」の律義さ】

「伝説」をあえて否定した誠実な人柄 若き日の羽田孜元首相は小田急バスの観光課員だった。その時「歴史散歩」「文学散歩」などのバスツアーを羽田氏が考案したという「伝説」が政界進出後に作られた。サラリーマン出身の政治家は大体こうした伝説を利用する…

トム・ワトソンのメンター逝く

元USGA会長のサンディ・テイタムが6月22日に逝去した。96歳だった。 http://www.usga.org/content/usga/home-page/articles/2017/06/former-usga-president-frank--sandy--tatum-dies.htmlテイタムの半生や会長としての業績は上記リンクのページに詳しいので…

「エエでのウエさん」を嫌った知的熱血漢【上田利治氏逝去】

日本プロ野球の阪急、オリックス、日本ハムで監督を務め、パ・リーグ優勝5回(うち日本一3回)の名将上田利治氏が1日に逝去。80歳。 www.daily.co.jp1999年に日本ハム監督を辞任後、野球評論家としてサンテレビなどで活動してきたが近年は闘病生活だったよう…