アフターアワーズ

山椒系ちょくの切り抜き帖

あの人は今【全英オープンに寄せて】

7月20日-23日に全英オープンゴルフ選手権がイングランドのロイヤル・バークデールゴルフクラブで行われる。
この大会では幾多の名勝負が繰り広げられたが不思議なことに過去の40年で優勝したり、活躍を見せた選手のなかにその後フェイドアウトしてしまったひとが結構いる。

ビル・ロジャース(1951-;1981年優勝)
端正な容姿と美しいスウィングでピンクパンサーと呼ばれて人気を集めたロジャース。日本のトーナメントでも優勝し、ゴルフファンの注目を集めた。1981年の全米オープン2位、そして同年の全英オープン(ロイヤルセントジョージス)で圧倒的な強さを発揮して優勝。トップ選手の座を不動にしたと思われた。
しかし2年後の1983年に1勝して以降、いわゆる燃え付き症候群に陥り、表舞台から姿を消した。テキサスのゴルフクラブのディレクターに転身。その後はコース設計家として活動。シニア入りしてからレジェンズ・オブ・ゴルフ(アンオフィシャル部門)でブルース・リッキーと組んで優勝した。

ボビー・クランペット(1960-)
マチュア時代数々のタイトルを獲得し、鳴り物入りでプロ転向。爽やかな雰囲気のクランペットはすぐ人気者に。1982年全米オープン3位、そして同年の全英オープン、予選ラウンドでロケットスタート。ところが第3ラウンドの後半大失速、何とか第4ラウンドの最終組スタートに踏み止まったが、結局崩れて10位。結局以降はパッとせず、レギュラーツアー通算わずか1勝に終わった。過去の人気を武器に解説者として活動。2000年の全米オープンで地区予選から本選出場、予選も通過して人々を驚かせた。シニアになってからチャンピオンズでツアー復帰を果たしている。

イアン・ベーカー・フィンチ(1960-;1991年優勝)
理想のスウィングの持ち主と言われ、洗練されたショットで全英オープンを制した。が、スウィング改造に失敗、イップスに陥り、ゴルフが崩壊。4年後の1995年のセントアンドリュースでは18ホールの左のOBにティショットを打ち込み、同組のアーノルド・パーマーに慰められた。これを機に事実上引退し、解説者に転身。落ち着いた口調で人気を集めている。

ブライアン・ワッツ(1966-)
日本ツアーで活躍して、1998年の全英オープンに登場。堂々のプレーで優勝に手を掛けたが、プレーオフの末、オメーラに敗れた。その後アメリカを主戦場にするもパッとせず、数年後に背中や膝の故障で姿を消した。いまどうしているのだろう。

ジャン・バン・デ・ベルデ(1966-;1999年「カーヌスティの悲劇」)、デビッド・デュバル(1971-;2001年優勝)はあまりに有名なのであえて省略。

よくオーガスタは魔物が棲むコースだという。確かに挑戦者に牙を剥くコースだ。一方でコースに認められ、マスターズチャンピオンとなった選手のゴルフ人生はおしなべて充実している。
逆に全英オープンは勝ってから、活躍してからに魔物が棲むのかも。