アフターアワーズ

山椒系ちょくの切り抜き帖

松山英樹とウッズの縁【WGCブリジストン招待優勝】

元々「ゴルフ世界一決定戦」だった試合

世界ゴルフ選手権(WGC)ブリジストン招待の最終ラウンドで松山英樹選手がコースレコードタイの61(-9)をマークして逆転優勝。マキュロイ、ザック・ジョンソンなどのメジャー覇者をショットの力によって抑えた鮮やかな優勝劇。

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ブリジストン招待の前身は「ワールド・シリーズ・オブ・ゴルフ」、1976年にツアー競技入りした(それ以前から非公式戦として存在)。世界ランキングシステム確立前でメジャーには現在ほどの国際性がなく、もちろんプレジデンツカップもなかった時代。世界のツアーのトップ選手が難コース、ファイアストンカントリークラブに集って高額賞金をかけて争う、いわば「ゴルフ世界一決定戦」だった。第1回優勝はジャック・ニクラウス。そして暫くはラニー・ワトキンス、トム・ワトソンなど米国のメジャー覇者が制したが1983年にジンバブエのニック・プライスが優勝。前年の全英オープン2位のプライスが世界に知られることになった。以降デニス・ワトソン、フルトン・アレム、デビッド・フロストと南アフリカ系の実力者が相次いで優勝、また後のマスターズ覇者スペインのホセ・マリア・オラサバルが初めて勝ったビッグトーナメントもこの試合。世界の名手を一度に見られる「ワールド・シリーズ」はゴルフの国際化に大きな役割を果たした。また1984年からNECがスポンサーにつき、日本でも広く知られる試合だった。

「タイガーの試合」に勝った意味

1999年に年間4試合のWGCが誕生すると「NECワールド・シリーズ・オブ・ゴルフ」は「WGC-NEC(2006年からブリジストン)招待」に衣替えして、シリーズの1試合に組み入れられた。

折しもタイガー・ウッズ全盛期。この試合を大得意としたウッズは2回の3連覇を含めて通算8回優勝。「NECブリジストン)招待」はウッズの圧倒的強さを象徴する試合となった。2013年に今のところウッズ最後のツアー優勝となっている大会通算8回目の優勝を果たした際、第2ラウンドにコースレコードタイの61を出したがその時の同伴競技者が松山選手。4年後の同じ大会で見事同じスコアを並べた形。

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松山選手は2016年にウッズ主催の非公式戦「ヒーロー・チャレンジ」で優勝、また過去に若き日のウッズが今やホールインワンを決めた「フェニックスオープン」、ウッズのもうひとつの得意試合「メモリアルトーナメント」も制している。つまりウッズの得意とした試合に結構縁があるのだ。

飛距離、方向性、左右高低の打ち分けも求められるファイストンで松山選手が今回他を圧倒した事実は大きな可能性を感じさせるもの。最終ラウンドの17番ホールのセカンドなど以前ウッズがシンクをプレーオフで破ったショットとそっくりだった。

(しかしながらこの4年で松山選手とウッズの立場はガラッと変わってしまった。競技人生の厳しさというか寂しい話)

日本のゴルフ100年余りの歴史で洗練されたスウィングとアイアンショットの威力、言いかえれば世界の名手と同じ本格派のゴルフを武器に国際的な成功を収めた選手は殆どいない。わずかに思い浮かぶのは全盛期の中嶋常幸プロだが彼は海外の優勝に縁のないまま終わった。つまり松山選手は日本のゴルフ史上空前の「真のインターナショナルプレーヤー」、日本版アーニー・エルスになりつつある存在。今後どこまでいくのか、じっくり見守りたい。