アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

My Favorite Things:近衞秀麿のドヴォルザークとアンダーソン

端正な佇まいに宿る屈折と哀感

近衞秀麿(1898-1973)は、晩年に読売日本交響楽団と共演してベートーヴェン交響曲3曲、シューベルト交響曲第8(7)番、ドヴォルザーク交響曲第9番などをセッション録音した。このうち最も感銘の深いのがドヴォルザーク

親交のあったストコフスキー同様、自在にテンポを動かし、スコアを結構改変する。

随所でヴァイオリンにヴィオラを重ね、トランペットの合いの手が入り、第1楽章のフルートの一部にトリルを追加、テューバの挿入もある。ただストコフスキーと違い派手な色合いではなく、むしろ佇まいは端正。テンポの操作も柔らかく行う。

前半の2楽章は引きずり気味の進行で痛切なまでの哀感、やるせなさが覆い、悲劇性をにじませる。後半の2楽章は一転して開き直ったのか、豪快に鳴らし込む。

この交響曲は「新世界より」と呼ばれ、美しいメロディと弾けるリズムの魅力によりずっと人気作品。私自身、お気に入りだが、表面は親しみやすい一方で異様な一面を抱えた作品だと思う。

しばしば解説に記される「仕事先のアメリカでホームシックに苦しみつつ、出会った同地の音楽からインスピレーションを得て、故郷チェコの音楽の要素も交えながら書いた故郷へのメッセイジ」といった説明では片づけられないアンビバレントな感情が音楽の根底に流れており、チャイコフスキーの「悲愴」交響曲に相通ずる不可思議さがある。
ただ、こうした要素を浮かび上がらせた演奏は数少ない。ホーレンシュタイン:RPO、マゼールの旧盤、クーベリック:チェコフィルの1991年ライヴなどに加えて近衞も作品の内包する複雑な心理に迫っている。近衞は他の3人と比較的小さい身振りで描き出す。表現口調が割合上品ゆえ、ある種の屈折はより際立つ。

併録のスラヴ舞曲作品72-2(ハーウェル・タークイによれば近衞がよくアンコールに使ったそうだ)、スメタナ交響詩モルダウ」も速めのテンポのなかに悲哀が漂う。

ルロイ・アンダーソンを日本に紹介

近衞秀麿の最大の功績は大量の楽譜を海外で入手し、日本楽壇にたくさんの作品を紹介したこと。サマーコンサートやクリスマスコンサートの定番ルロイ・アンダーソンの作品を日本に持ち込んだのも近衞。やはり晩年に日本フィルと「そりすべり」「ワルツィングキャット」「シンコペイデッドクロック」「トランペット吹きの休日」をセッション録音した。1960年代後半の録音特有(?)の大胆に入る効果音がちょっと微笑ましいが近衞の音楽作りは緩急がパリッとついたシャープで楽しめる仕上がり。

近衞秀麿 ドヴォルザーク:交響曲 第9番 ホ短調 作品95 ≪新世界より≫ 他

オーケストラを聴こう:近衛秀麿、山田一雄、渡辺暁雄、山本直純 / 日本po

ロリン・マゼール(指揮)ベルリン放送交響楽団 ドヴォルザーク: 交響曲第9番《新世界より》

クーベリック/新世界より-チェコ・フィル・コンサート+ドキュメント

レオポルド・ストコフスキー ドヴォルザーク:交響曲第9番