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山椒系ちょくの切り抜き帖

羽田孜元首相逝去【「平時の羽田」の律義さ】

「伝説」をあえて否定した誠実な人柄

若き日の羽田孜元首相は小田急バスの観光課員だった。その時「歴史散歩」「文学散歩」などのバスツアーを羽田氏が考案したという「伝説」が政界進出後に作られた。サラリーマン出身の政治家は大体こうした伝説を利用するものだが、羽田氏はわざわざ自著で発案者は別の人物だとはっきり訂正している。この真面目さが政界から有権者まで幅広く慕われた理由だろう。

木曜クラブ経世会と権力の中央を歩いたがカネには淡泊。蔵相時代、担当記者を蕎麦屋や居酒屋によく誘ったが勘定の際に手持ちが足りず、しばしば秘書官に借りていたという。当選3回までは議員歳費100万円のうち、20万円を夫人に渡し、残りで政治活動費をまかなった。そんな羽田氏が後年選挙制度改革にまい進したのは「カネのかかる中選挙区制が(政界の腐敗の)元凶」と思い込んだから。

煽らずかみくだいて政策を説く演説の巧みさ

1度、首相退任後の羽田氏が渋谷で演説するのを聞いた。「前座」の地方議員が大声でがなり立てた後に登壇した「真打ち」羽田氏は「前座」と対照的に抑えたトーンでかんでふくめるように話すスタイル。うるさくないし言葉が明瞭で聞きやすいので好感を抱いた。終わった後、聴衆と握手した。ひとりひとりの顔を見て丁寧にやっていた。私も握手してもらった。「もう1度、総理になって下さい」と言ったら笑って「ありがとう」と返してくれた。

クイズ番組に「良問」を提供

外務大臣時代にはTBSのクイズ番組の求めに応じ「次のうち《外務大臣》のいない国はどれでしょう?」という3択問題を提供した(正解アメリカ)。司会の島田紳助氏は「良い問題過ぎる!」と驚いていた。木で鼻をくくったような問題ではなくほど良く考えさせ、「あ、そうか」と思える問題を示したあたり、羽田氏の律義な性格が覗える。

また元首相として初めてF1日本グランプリの表彰式でプレゼンターを務めた。

「未完」の政治改革と政権交代を見届けて

宮沢賢治の「アメニモマケズ」を好んだ羽田氏。当選同期の小沢一郎氏と組んで「55年体制」を終わらせ、短い首相在任の後は小沢氏と離れて民主党(現・民進党)の党内各勢力の接着剤役、縁の下の力持ち的存在だった。その間一貫して「政治改革」「政権交代」を唱え続けた。ともに形の上では実現したものの中途半端に終わったことが明らかとなった2012年12月、羽田氏は脳梗塞の後遺症のため政界を退いた。R.I.P.

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〔参考文献〕

『素顔の宰相』(冨森叡児著、朝日ソノラマ;2000年)