アフターアワーズ

山椒系ちょくの切り抜き帖

My Favorite Things:ハイフェッツのシューベルト【没後30年に寄せて】

2017年12月10日

ヴァイオリンの帝王、ヤッシャ・ハイフェッツ(1901-1987)の没後30年の命日。晩年の15年間引退生活だったので「昔の音楽家」と思われがちだが、実際はほぼ20世紀全体を生き抜いた。無敵のテクニック、音色のパレットの豊かさ、品の良いポルタメント、スピード感と雄大なスケールが併存する構成美、そして手がけた大量の編曲(ペンネームでポピュラーソングまで書いた)。「演奏の20世紀」の頂点に立つヴァイオリニストだった。また2017年はロシア革命100周年だが革命に伴ってアメリカへ移ったハイフェッツアメリカデビュー100周年でもある。この途上、日本に立ち寄って観光した。

歪んだ日本のハイフェッツ受容

ハイフェッツは1923年に初めて公演ツアーのため来日。関東大震災直後の東京では野外慈善演奏会を決行、来日途上の船内公演と合わせて5,800円(現在の価値にすると約290万円)を集めた。日本で著名音楽家が大規模に催した恐らく初の慈善公演で後の世の範となった。戦後は1953年に来日している。

全盛期から60年を経てなおハイフェッツの主要録音は日本のカタログにしっかり残っている。しかしひと昔前の日本の文献見るとハイフェッツの演奏について「冷たい」「空虚な技」「精神性に乏しい」と貶した文面をしばしば見掛ける。これは「ポストハイフェッツ」と言われたアイザック・スターンに対しても同様。どうやら日本のある世代の評論家はアメリカに居を構えるテクニックに秀で、輝かしく強靭な音楽を奏でる演奏家に屈折した感情を抱いていたみたい。焼け跡の記憶生々しい連中にとってハイフェッツ、スターンの演奏はあまりに眩し過ぎ、正面から受け止めるのは辛かったのだ。気持ちは分からなくもないがこういう連中のせいでハイフェッツ、スターンの戦後日本における受容は歪んでしまった。

シューベルトに漂う孤独と寂しさ

60歳以降ハイフェッツ室内楽に力を入れ、多くの録音を遺した。その中で個人的に印象深いのは1968年9月に収録されたシューベルトのヴァイオリンとピアノのための幻想曲ハ長調D.934(op.159)。

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冒頭から背筋の寒くなる寂寥感がハイフェッツのヴァイオリンを覆っており、比類なき美音なのに胸がズキズキ痛む。音楽全体の設計はシャープなのでなおさら哀切が際立つ。2011年制作のハイフェッツのドキュメンタリー「神のヴァイオリニスト」の終盤は彼の「孤独さ」の描写に時間を割くが、ほじくり返さずともこのシューベルトに彼の心の内が吐露されている。

こういう演奏をするヴァイオリニストを「冷たい」「空虚な技」「精神性に乏しい」と断じたかつての日本の音楽評論家は聴覚障害者もしくは感性が腐っていたのだろう。私はハイフェッツに関する論調から早い段階で日本の音楽評論家は極少数の例外を除き、全く信用できないと判断した。

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Heifetz in Performance - Mozart, Prokofiev, Debussy, Rachmaninov, etc