アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

潮田益子-毛利文香【バルトークの真に迫る】

半世紀前の風景

晩年、サイトウ・キネン・オーケストラ、水戸室内管弦楽団のリーダー格だった潮田益子(1942-2013)はソリストとして脚光を浴びた1967年と1968年にバルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番の音源を遺している。幼少期から才能を発揮し、シゲティに師事、そしてエリザベートチャイコフスキー両コンクールの上位入賞で世に出た彼女はエッジの鋭いギュッと締まった音、内側に溜めたエネルギーを緊張の中から注ぎ込むスタイルが持ち味。その芸風はバルトーク(+プロコフィエフストラヴィンスキー)にピッタリで生涯を通じ、メインレパートリーだった。

1967年録音は5月3日、東京文化会館におけるライヴ収録で近衞秀麿指揮、NHK交響楽団との共演。楽壇の戦前と戦後の対照性を映し出す顔合わせ。

バルトーク現代の音楽に繋がる作曲家と見て明晰な音構造で弾き抜く潮田に対し、近衞は国民楽派の延長線上として考え、懐かしみというか風土感の滲むサウンドを敷き詰める。かつて自身が身を置き、戦争で失われた「旧き良き大陸ヨーロッパ」を現代の視点から懐古していたのかと想像が膨らむ。そんな両者の一見対極の音楽が意外とうまく響き合い、奥行きの深い演奏内容に結実している。音質は年代を考えれば悪くない一方、オーケストラのやることなすことは少々怪しい。

翌1968年3月に杉並公会堂で行われたセッション録音は森正指揮、日本フィルハーモニー交響楽団との共演。森正(1921-1987)は齋藤秀雄に指揮法を学んでおり、子供時代に齋藤(と小野アンナ)に師事した潮田の先輩格。従って近衞との共演とは違い、比較的音楽観の一致した者同士のかみ合った協奏が展開する。音質も良くソロはもちろん、分裂前の日本フィルのN響と異なるスクエアなアメリカンスタイルの響きをとらえている。なお森正はオーケストラ管理能力の高い指揮者で教育面の貢献も大きかったが、どの楽団にも体よく利用された感が否めず、しかも65歳と指揮者の中では若く亡くなり没後30年を経たいま、ほぼ完全に忘れられた。

2つの音源に共通して覗えるのはまだ日本においてバルトークの演奏が「特別」だった時代、作品の核心を間違いなく伝えるんだという使命感、誠実さ。

若き2人が「20世紀の古典」を洗い直す

50年後の現在、日本のオーケストラや奏者にとってバルトークは普通の演目。ある程度のレヴェルで演奏するのは容易にすらなった。しかし「上手になった」反面、徒競走的演奏や表面を滑らかに整えたのみの演奏が目立つ。作品の持つ多面性、色彩感、ロジックを思慮周密、かつ生々しく描いた演奏にはあまり出会えない。

2018年1月7日に坂入健司郎指揮、東京ユヴェントスフィルハーモニー管弦楽団はリーダーの毛利文香をソロに立ててバルトークのヴァイオリン協奏曲第2番を取り上げる(ミューザ川崎シンフォニーホール18時開演)。

坂入は自ら結成した東京ユヴェントスフィルのコンビでブルックナーマーラー交響曲に取り組み、本演奏会もブルックナー交響曲第9番がメイン。彼らはいつも作品の論理を丹念に読み解き、各パートの役割分担がきちんと図られたアンサンブルによる重層的かつきめ細かい響きを追求する。その姿勢はクラシック音楽ファンの熱い支持を受け、ライヴCDは大反響を巻き起こした。ソリストの毛利は2017年ホテルオークラ音楽賞を受賞(山根一仁〔ヴァイオリニスト〕と同時)するなどその実力が広く認められ始めた俊英ヴァイオリニスト。

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思えばブルックナーマーラーも1970年代までは「特別」だったが一種のブームを経ていまは当たり前になり、訳知り顔のルーティン演奏が多くなった。その構図に一石を投じてきた彼らがブルックナーに先立って奏でるバルトーク。しかも坂入は2017年12月28日、やはり自ら率い、毛利がリーダーの川崎室内管弦楽団バルトークのディヴェルティメントを演奏する。念の行った準備に基づく演奏は作品の真に迫り、一味違う感動が得られるはずだ。

坂入健司郎と毛利文香はともに慶應義塾で学んでいる。慶應義塾には1901年創立の学内オーケストラ、慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラがある。音楽大学以外を母体とする日本最古の本格オーケストラで早稲田大学交響楽団京都大学交響楽団とともに日本の洋楽受容に大きな役割を果たしてきた。また慶應義塾は日本初のまともなフルート奏者、吉田雅夫(1915-2003)を輩出。吉田はNHK交響楽団で活躍後(在籍中カラヤンに認められて欧州留学を果たした)、東京藝術大学教授に就き、日本のフルート界を築き上げた。

※文中敬称略

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坂入健司郎(指揮)、東京ユヴェントス・フィルハーモニー/Bruckner: Symphony No.5

坂入健司郎(指揮)、東京ユヴェントス・フィルハーモニー管弦楽団/Bruckner: Symphony No.8

毛利文香(コンサートミストレス) 坂入健司郎(指揮) 東京ユヴェントス・フィルハーモニー/Mahler:Symphony No.3

バッハ:管弦楽組曲第3番、バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番、レーガー:祖国への序曲 近衛秀麿&NHK交響楽団、潮田益子(1967年ステレオ) | ローチケHMV - KKC2102

近衛秀麿、潮田益子-レーガー, J.S.バッハ, バルトーク

潮田益子-バルトーク:無伴奏ヴァイオリン・ソナタ