アフターアワーズ

山椒系ちょくの切り抜き帖

【年末にしのぶ】スタニスラフ・スクロヴァチェフスキ(1923-2017)

青春の一部だった指揮者・作曲家

今から20年ほど前、NHK教育N響アワー」で「長い名前の指揮者だなあ」と思いながらプロコフィエフシューマンを聴いたのがミスターSことスタニスラフ・スクロヴァチェフスキとの出会い。その後読売日本交響楽団NHK交響楽団のコンサートでベートーヴェンブルックナーから自作までたくさんの名演奏を聴いた。一番熱心にコンサート通いしていた学生時代、スクロヴァチェフスキはフルネ、ベルティーニ、ゲルト・アルブレヒト、ロジェストヴェンスキーと並ぶいわば「身近な大指揮者」、「名演率」はなかでも抜群といえた。

「スコアにX線をかける」-インタビューで語られたこの言葉が指揮者スクロヴァチェフスキの真骨頂。怜悧な視線で作品の設計図に迫り、楽想の変化に応じ各パートの出し入れを調整して組み上げ、強靭で立体感のある音楽を構築する。
きれいに階層化された奥行きの深い響きが軸の麗々しいブルックナー。連綿たる歌い込みではなく、響きの輪郭を絞り込み、細部の動きを執拗に詰めることで核心にあるロマンを透かし彫りにしたブラームス。スピード感と切り返しの鋭さにより聴き手の目を覚ましたベートーヴェン。スクロヴァチェフスキの展開する音楽は重厚長大ではなく常に瑞々しく動いた。
X線をかけた結果、設計図通りだとうまく建築できないと見るとほんの少し、だが結構大胆にメスも入れた。ブルックナー交響曲第4番はスクロヴァチェフスキ流のスパイスが見事に決まった成功例。コーダにはドラを入れてみたり、シンバルをこすらせたり、晩年まで変化があった。
またショパンのピアノ協奏曲の管弦楽パートには一家言持ち、アーティキュレーションなどを改変。彼の指揮でショパンの協奏曲聴く時はピアノより管弦楽パートが楽しみなくらいだった。

スクロヴァチェフスキの訃報を耳にした時、ショックや悲しさはあまりなかったが「これで私の青春は完全に終わったな」という何とも言えない喪失感が心を覆った。音楽好きなら「私の青春だった」と言える音楽家がひとりはいるはず。私にとってスクロヴァチェフスキは青春の1ページだった。10代後半から20代にかけてスクロヴァチェフスキの音楽を聴けて、幸せだった。楽しかった。素晴らしい時間を下さり本当に感謝しますと天国のミスターSに申し上げたい。