アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

指揮する前の戦いに強かったひと【星野仙一氏をしのぶ】

星野仙一氏は1986年秋、ドラゴンズ監督に就任直後、ロッテとの契約更改交渉が拗れていた落合博満を獲得するよう球団に強く求めた。星野氏の回想によれば戦力として落合がぜひ欲しかったわけではなく、「もし巨人に取られたらウチは当分優勝できない」と考えてのことだった。しかし当初球団は高年俸や扱いの難しさゆえにしり込み。これを見た星野氏はゴルフ場でオーナーを急襲、「いまの巨人のラインナップに落合が加わったらまたV9時代の到来ですよ。中日新聞はそれでもいいのですか?」と迫った。同じ新聞系球団のプライドを刺激する作戦が功を奏し、オーナーのゴー指令が出た。
名古屋の王子様と呼ばれ、「三顧の礼」で迎えられた星野氏は舞い上がらず、その立場を生かして自身の要求をきっちり球団とオーナーにのませた。後年、タイガース監督に迎えられた時も久万俊二郎オーナーに数字を突きつけて、金本知憲などの補強を実現させた。つまり指揮する前の内なる戦いに勝った。指揮する前の戦いの正否は名将と凡将の分かれ道になるケースが多い。せっかく頭を下げられて監督になったのに監督就任に舞い上がり、オーナーや球団に人事面の要求を忘れ、後で悔やむのは凡将。一方星野氏は指揮する前の戦いの強さで名将の道を歩んだ典型例。
〈参考文献〉浜田昭八『監督たちの戦い 決定版』上・下(日経ビジネス人文庫;2001年)
星野仙一『人を動かす、組織を動かす』(NHK出版;2004年)
※文中一部敬称略