アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

My Favorite Things【朝比奈隆1980年東京カテドラル】

①日本フィルハーモニー交響楽団〔第4番〕、東京交響楽団〔第7番〕、大阪フィルハーモニー交響楽団〔第8番〕、新日本フィルハーモニー交響楽団〔序曲ト短調〕(Tower Records Victor Heritage Collection)(Global Culture Agency X TOWER RECORDSSACDシングルレイヤー〕)

新日本フィルハーモニー交響楽団〔第9番〕(ビクターエンタテインメント

東京都交響楽団〔第5番〕(ビクターエンタテインメントMEG-CD)(グローバルカルチャーレガシー×タワーレコードSACDシングルレイヤーの全集〕)

1980年5月から10月に東京カテドラル聖マリア大聖堂で行われたブルックナー連続演奏会のライヴ録音。シリーズについて写真家の木之下晃氏は次のように述べている。

80年5月から10月にかけて、目白の東京カテドラル聖マリア大聖堂ブルックナーの連続演奏会が催された時のことである。ブルックナーを教会で聴くという、ブルックナー音楽の本質を衝いたこの企画は、大成功を収めた。

日本フィル、新日本フィル、東響、東京都響に続き、このカテドラル・シリーズの最後を飾って登場したのが、朝比奈さんの手兵、大阪フィルだった。プログラムは〈交響曲第8番〉。そのときの昂揚した演奏は、ライヴ・レコードを聴いていただければわかるが、レコードには収まっていない歴史的ともいえる素晴らしい光景が、その日、現出したのである。

私は撮影のために、観客席の真うしろにあるオルガンのところでカメラを構えていた。ブルックナーの音楽は長いし、オーケストラ全体の写真はどこを撮ってもあまり変化がない。私は途中でカメラをしまい、音楽を聴くことに没入していた。

演奏が第4楽章の終わり頃になると、会場全体になんともいえない、異様な熱気が漂いはじめた。その熱気は演奏が終わると同時に怒涛のような拍手となり、そのうねりに押された聴衆たちが、突如、ステージ前方へ集まり始めたのである。その不思議な光景に、私も、あわててカメラを取り出し、ステージへ走った。

何度目かのカーテンコールが繰り返され、オーケストラのメンバーが去ってもなお、朝比奈さんただひとりが、幾度となくステージに呼び戻され続けた。控え室にさがって着替えを済ませても、聴衆は帰らず、総立ちになって憑かれたように拍手を続けた。それは正確に23分間続いた。これは、私が長年撮影してきたあらゆるジャンルのコンサートの中で、最も長い拍手であった。

そしてついに拍手は、私服に着換えた朝比奈さんを再びステージに呼び戻したのである。

ステージに戻った朝比奈さんの目には、涙があふれていた。

(『朝比奈隆 長生きこそ、最高の芸術』写真と文・木之下晃〔構成・岩野裕一〕、新潮社、2002年;pp.32-pp.34)※表記は全て本文に従った

分裂からまださほどたってない日本フィルから骨格のしっかりした音楽を引き出す4番、東響の筋肉質の晴朗なサウンドの生きた7番、そして雄大かつ凝集力のある大阪フィルの8番と好演が並ぶ。とりわけ木之下氏が特筆する8番のフィナーレの壮麗で澄んだサウンドは素晴らしい。残響の長い空間におけるライヴ録音だがそこそこ細部まで聴取可能。ちなみに拍手はカットされている。

晩年の朝比奈隆の演奏会では聴衆の拍手が延々と続き、最後に朝比奈隆だけカーテンコールに応じる光景が常態化した。それは指揮者の形作る音楽への称賛というより「長寿指揮者」への感情依存の気配が濃厚でしばしば「一般参賀」と揶揄された。しかし1980年当時の朝比奈隆に対する東京の音楽ファンの評価は「関西のブルックナー指揮者」だったらしい。従って当日のカテドラルの聴衆は、ほぼ純粋に演奏への敬意から長時間の拍手を続けたのだろう。それもうなずける内容。

朝比奈 隆(指揮) /ブルックナー:交響曲全集(SACDシングルレイヤー)

【SACD】朝比奈隆/ブルックナー: 交響曲第4・7・8番&序曲(1980)、<特別収録>ミサ曲第3番(1983)<東京カテドラル・ライヴ><タワーレコード限定/限定盤>

交響曲 第5番 変ロ長調(原典版) 第1楽章-第3楽章

交響曲 第5番 変ロ長調(原典版) 第4楽章

交響曲 第9番 ニ短調(原典版)