指揮者坂入健司郎と川崎室内管弦楽団が2016年12月30日に行った楽団結成披露公演のライヴ録音がAltusから2018年3月10日発売される(予定)。オールモーツァルトでヴァイオリンとヴィオラのための協奏交響曲K.364と交響曲第41番。
このコンビについては2017年12月にブログで触れた。
坂入の演奏の美点は勢い、フレッシュさと同時に腰の下りた落ち着きがあり、響きの核心を成す要素(リズム、音形、パートの透かし彫り)や作品全体の論理に目配せしていること。そしてオーストリアの音楽を奏でられる点。
〔日本ではとかくドイツ・オーストリアと括られがちだが両者のコアは全く違う。例えばN響名誉指揮者のオーストリア人スウィトナーが形作るサウンドは手厚くもどこか後味爽やかでシトロン系の香りがして、同じ肩書のバイエルン人サヴァリッシュやルール人ホルスト・シュタインのそれとは肌合いが異なった。個々人のカラー以前に国柄、風土のもたらす要素による違いを認識させられた。〕
彼の指揮するモーツァルト、ブルックナー、マーラーを聴くと音楽の発音が「ああ、オーストリアだな」と感じる。このドイツとオーストリアの区別がきちんとついている指揮者は少なくとも日本では稀少。
ブルックナー、マーラーが高く評されてきた坂入だが本人いわく「最愛の曲」はモーツァルトの交響曲「ジュピター」。今回満を持して世に問うた。
第1楽章冒頭から透明度とふくよかなハーモニーの両立した響きにひきこまれる。音楽がおのずから呼吸する適正なテンポ。脇の締まった弦に艶やかな翳の差す木管楽器、バロックティンパニの抉りが濃やかに絡み、音楽の稜線が深く鋭い。澄んだタッチの第2楽章、キレのあるなかに羽毛の柔らかさも交えた第3楽章を経て、フィナーレは第1楽章の延長線上でさらに高密度の表現が展開。室内管弦楽団ならではの切り返しの鋭さに加え、縦横に拡がるスケールの大きさを持つ。コーダの手前ではクーベリックのライヴ盤(オルフェオ)ばりの仕掛けがあり、その後ホルンの鳴動が聴き手のハートを包み込み、充実のままフィニッシュ。両端楽章の反復を履行しているが冗漫どころか、ずっと浸っていたい。
併録の協奏交響曲もソロが登場するまでの明暗の表情がたっぷりついたサウンドが素晴らしい。両ソリストの対話はオペラの男女の交わりを思わせる色っぽさで聴いていてドキドキする。そこを巧みに下支えする坂入の指揮が鮮やか。彼の指揮するモーツァルトのオペラ、コジ・ファン・トゥッテあたりを聴きたくなる。
これほど心ときめくモーツァルトは久々。
坂入健司郎指揮、川崎室内管弦楽団/「ジュピター」の第4楽章(CDと同一演奏)
※文中敬称略
坂入健司郎(指揮)川崎室内管弦楽団/モーツァルト:協奏交響曲K.364、交響曲第41番『ジュピター』 K.551