アフターアワーズ

山椒系ちょくの切り抜き帖

日本国憲法第9条改正は第2項削除以外なし【独立国のグローバルスタンダードに沿って】

自民党の安易さと「護憲」を唱える連中の滑稽さ

日本国憲法第9条にはこう記されている。

第9条日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。

憲法条文・重要文書 | 日本国憲法の誕生国立公文書館リンク〕

条文の背景を考えると第1項は第二次世界大戦後の国際法における戦争違法化の流れを受けたもので、日本国憲法と同時期に制定された多くの国の憲法、例えばフランス、イタリア、中華人民共和国憲法には憲法第9条第1項とよく似た条項がある。またその後も同様の条項を憲法に盛り込んだ国は増えている。言うなれば第9条第1項は憲法の平和条項のグローバルスタンダードとして定着した中身であり、今後も堅持するのが妥当。

一方他国の憲法に見られない極めて特殊な条項である第2項の背景には、日本国憲法が敗戦後のGHQの占領下でGHQにより骨格が作られたことが他のどの条項よりも色濃く反映されている。GHQにしてみれば世界中の国を相手に戦争を引き起こし、現に占領しており、今後もずっと占領し続けるつもりの日本に戦力など必要ないし、交戦権なんてとんでもないという話で、その論理が憲法第9条第2項に明文化された。

当時の首相、幣原喜重郎氏は1946年2月のマッカーサーとの会談で「軍備を持たない平和などあり得ない」と主張したが、マッカーサーは「占領されている国に軍備は要らないだろう」と言い放ち、昭和天皇の身の安泰との関係を示唆しつつ「日本無害国」化の象徴として「軍備、交戦権なし」を迫った。幣原氏は昭和天皇の身にもしものことがあれば取り返しがつかないと考え、憲法第9条の骨格を受け入れた。その後、帝国議会での若干の修正(いわゆる芦田修正)を経て現在の憲法第9条となった。

しかし第2項の解釈は作り手自身によって早々と変容した。朝鮮戦争を受けてGHQの中心をなすアメリカは日本無害化のスタンスを捨て、日本を自由世界の一員に引き込む形での講和に乗り出し、日本に再軍備を求めた。当時の吉田茂首相は経済や国民感情から本格的再軍備要求をかわしつつ、警察予備隊を皮切りに講和、独立を挟んで少しずつ実力組織の規模を拡大し最終的に自衛隊に至った。つまり第2項はアメリカの思惑によって解釈、位置付けが変わり続け、日本政府はそれに応じて憲法解釈をいじくりまわして、安全保障環境の変化と対米関係に対応してきたのだ。

本来「太平洋戦争の論理」と長期占領が前提の第9条第2項は独立回復の段階で憲法改正により削除し、第1項の平和条項のもと、世界各国に倣った文民統制の組織作りを行い、国益や対米関係を自らの責任と覚悟をもって見極めて安全保障政策を決定し、軍隊を運用するのが当然だった。実際の日本は前述の通り、次々とごまかしの論理を編み出し、乗り換えながら対応する道を選んだので、組織面でも特異なものとなった。南スーダンPKOのいわゆる日報問題はこうした日本の防衛関係組織の歪みが表面化した事態。

もし憲法第9条の改正するなら当然、第2項削除で話を進めるのが当たり前。ところが自民党憲法第9条を巡る議論は国民投票へのビビりか、公明党への気遣いか、第2項はそのままで「自衛隊」を明文化するという内容で収斂しつつある。これでは憲法改正してまで別のごまかしに移るわけで何の解決にもならない。安易すぎる。

いわゆる「護憲」を唱える連中はもっと滑稽。この勢力は日本の外交姿勢を「アメリカ追随」と批判する連中とほぼ重なっている。仮に日本の外交が「アメリカ追随」だとするならば理由の一つは憲法第9条第2項にあるのだから、それを無くせば外交や安全保障政策の選択肢は広がり、「アメリカ追随」を脱却できるのに彼らは第2項を死守すると息巻いている。まともにものを考えていない証拠。

憲法改正を唱えるならこの「護憲」勢力の自己撞着を厳しく批判し、国民に第2稿削除とその後の国家ビジョンを明確に示して国民投票過半数を勝ち取る路線でいくことだ。

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