アフターアワーズ

山椒系ちょくの切り抜き帖

My Favorite Things Special【シャーロック・ホームズ正典短編ベスト10〔序章〕】

※一部ネタばれあり※

読書遍歴の原点がサー・アーサー・コナン・ドイルが創作したシャーロック・ホームズ物語だという話を以前記した。

choku-tn.hatenablog.com

ホームズ物語を生んだ作家ドイルの筆捌きの強みは①キャラクター創出能力、②アイディアの独創性、③素早い展開。

①あれこれ言うに及ばず。シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスン医師はイエスキリスト以外で世界一有名なキャラクターとされるほどだし、モリアーティ教授などの悪役、マイクロフト・ホームズをはじめとするサブキャラもそれぞれ見事にキャラ立ちしている。事件の依頼人たちまで魅力を放つ場合さえある。

②『赤毛連盟』の「赤毛トリック」が代表的。『青いガーネット』『六つのナポレオン』など思いもよらぬ糸口から大犯罪がむくむくと姿を現すあたりの鮮やかさは何度読んでも新鮮。

③②とも繋がるが事件が動きだすとうじうじせずガラッと場面転換が図られ、ホームズの冴えわたる推理と機敏な行動で一気にかたがつく。活劇調の面白さ。

逆にドイルの欠点は〔1〕細部の詰めの甘さ〔2〕論理性・一貫性の欠如。

〔1〕世界中のシャーロッキアンなる人種がほじくり返すネタの殆どはドイルのいい加減さから生まれている。とりわけ年代記のミス、前後関係の転倒は頻繁。そして医師出身なのにワトスン医師の古傷があちこち移動する体たらく。ドイルは前に書いたものとの矛盾の有無を確認せず、アイディアが浮かぶとササッと書いていたことが覗える。

〔2〕ミステリには一定の論理性が不可欠だがドイルはこの点の構築も不得意。先述の「赤毛トリック」の場合、「トンネルを掘った後の土はどうしたのか」という問題が未解決だし、名作とされる『まだらの紐』のプロットは蛇の生物学的特性を完全に無視している。『最後の事件』に至っては話が成立していないと感じるほど支離滅裂の内容。あえてドイルを擁護すれば彼の全盛期だったヴィクトリア朝の晩期はまだ小説のジャンル分けが厳密ではなくホームズ物語はミステリ、スリラー、怪奇、SFの要素がないまぜになっている部分がある。従って20世紀に入って確立するいわゆる本格ミステリの隙のない構成をホームズ物語に求めるのは酷というもの。細かいところに拘らず、キャラクターの魅力と勢いで一気に読ませる作風だから時代、風習ともに大きく隔たった現代の日本でも愛されていると言える。

ドイルは長編4、短編56の計60編のホームズ物語(正典と呼ばれる)を遺した。彼の魅力と欠点を考えると良さが発揮されているのは短編。そこで56の短編の中からお気に入りの10編を選んでみる。次回、ベスト10を簡単なコメント付きでご紹介する。

コナン・ドイル〔作〕深町眞理子〔訳〕/シャーロック・ホームズの冒険(創元推理文庫)

河村幹夫/ドイルとホームズを「探偵」する(日経プレミア)

中尾真理/ホームズと推理小説の時代(ちくま学芸文庫)