《曲目》
シューマン:幻想小曲集op.73
~休憩~
岡本侑也は2017年エリーザベト王妃国際音楽コンクール(チェロ部門)第2位に輝き、国内でも第20回ホテルオークラ音楽賞を2019年3月に受賞することが決まるなど、トップチェリストの座を固めつつある逸材。最大の魅力はシャープで洗練された発音。真に国際舞台の第1線に立てる解像度の高い強靭な音楽を奏でる。
今回は盟友阪田知樹とのデュオを中心に前半は1840年代に書かれた初期ロマン派の名曲、後半は第2次世界大戦後に生まれた傑作を並べた。
シューマンは丁寧に情を通わせつつ、ピンとした歯ごたえのある音楽が展開。第2曲、第3曲の細かい動きの明瞭さと楽節の大きな流れを作る構成力のバランスはさすが。また阪田知樹の澄んだロマンの薫るピアノの響き合いが音楽にコクを与えていた。
メンデルスゾーンも2人の息はぴったりで芳醇かつ瑞々しい詩情が吹き抜ける。第3楽章序盤の阪田知樹のピアノは天上の調べ。歌の翼がはらはらと舞い降りる。あのような音色を導けるのは音楽に選ばれた奏者のみ。それを受けて毅然としなやかなチェロで応えた岡本侑也の器もまた破格。
黛敏郎のBUNRAKUは着想、手法、聴く楽しさが融合した20世紀後半の無伴奏チェロ作品の最高傑作。文楽の太棹三味線・太夫の語り・鈴・拍子木などの要素を単なる旋律的なぞりではなく、作品が誕生した1960年までの西洋音楽の技法を総動員して再現する(つまり文楽の素養がなくとも楽譜を読めて演奏技術が伴えばちゃんと演奏できる)大胆な試みを行い、しかも一定のエンタテインメント性まで備えた世界に結実させている。
岡本侑也の演奏はたくさんの仕掛けを緻密に音化したうえでその背後から「和」の香りをにじませ、実に彩り豊か。久々に説得力ある演奏を聴けた。
締めくくりのプーランクは洒落っ気の衣の内側に第2次世界大戦後のヨーロッパの荒廃をアイロニカルに描いたと思しきシリアスさも抱えた、一筋縄ではいかない難物。岡本侑也は旋律のかけらを詩的に歌う一方、しかも尖ったところは怜悧に描き、作品としての調和を浮かび上がらせた。阪田知樹のときに艶やか、ときにクール、時折シニックと身のこなしを変えるピアノが絶妙の縁取り。
アンコールはD.ポッパーのハンガリー狂詩曲。風土感のある旋律の起伏、リズムの弾けをエネルギッシュに一筆書き。
心技体の揃った大器同士の充実度満点のデュオ。また聴きたいし、今後は録音を期待したい。日本、いや世界の音楽ファンの宝となりうる存在だ。
※文中敬称略※
山崎伸子 チェロ・リサイタル Vol.3 with 長岡純子