2016年7月に惜しまれつつ逝去したピアニスト・文筆家の中村紘子さんの新刊。
「新潮45」「音楽の友」の各誌に連載し、亡くなるひと月前まで書き続けた随筆をまとめたもの。
起伏に富んだピアニスト人生、国際コンクールの光と影、多彩な交遊・・・スパイスの効いた簡潔で瑞々しい文章が並んでいる。
興味深く読んだのはニューヨークタイムズの大評論家ハロルド・C・ショーンバーグとの挿話。ショーンバーグはピアノ評論の権威(もちろんオーケストラの評論もしていた。バーンスタインに厳しかったのは有名)で大著『The Great Pianists』をものした。
ショーンバーグが来日した際に接待役を仰せつかった中村さん。あるピアニストの演奏会に連れていったところ途中で退屈したショーンバーグはプログラムに漫画を書き出し、結局「出よう」。中村さんは恥ずかしさいっぱいでショーンバーグと退出する羽目に。後日スタジオで中村さんはショーンバーグの目前でありったけのレパートリーを披露することを余儀なくされた。
個人的に面白かったのはスペインでの話。ショーンバーグとあるコンクールの審査に赴いた中村さん。コンクールのパトロンである地元の名士を紹介された。この名士の娘婿が何とセベ・バレステロス(1957-2011;全英オープン3勝、マスターズ2勝、欧州ツアー通算50勝〔歴代1位〕)。中村さんの夫君・庄司薫さん、バレステロス、ショーンバーグは3人でゴルフを楽しんだという。
ゴルフ好きのショーンバーグは友人とゴルフ随筆を著した。幾多の音楽家をメッタ斬った筆の刃が本作では辛口ながら笑えるユーモアに昇華しており、中村さんも本書中で触れている。
理想のゴルファー (集英社文庫) | ハロルド ショーンバーグ, アイラ モスナー, ホリス アルパート, 北村 太郎 |本 | 通販 | Amazon
バレステロスが大恋愛の末にお金持ちの娘であるカルメンさんと結婚したことは知っていたがまさか中村紘子さんと出会っていたとは。ちなみにバレステロスは40代後半にカルメンさんと離婚後、別のパートナーを迎えたがその女性は事故死。2008年にバレステロスが脳腫瘍で倒れた時、付き添ったのはカルメンさん。バレステロスは約3年の闘病の末、2011年5月に54歳で逝去。彼が生前最後に公にした手紙は松山英樹選手あてのものだった。