アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

北朝鮮の出口を考える【求められる日米チャイナの連携】

穏健な独裁への体制変更が現実的

チャイナ(中国共産党)からの特使を慇懃に追い返した後、11月29日に北朝鮮金正恩)は弾道ミサイルをこれまでより高く飛ばす試射を行った。仮に特使と面会後にやっていれば決定的にチャイナのメンツを潰していたから特使に会わなかったのは金正恩流の「配慮」だろう。しかしこれでチャイナと北朝鮮のオンザテーブルでの対話は望み薄になった。もちろん水面下での書簡などによるやりとりはあろうが。

このままチャイナが何もできず、アメリカが前回のブログで記した持っているチャイナカードを切る事態になれば、米中関係はきしみ、チャイナの国内政治まで動揺する事態もありうる。誰も望まない状況。では北朝鮮問題の出口はどこか。一番現実的で日米チャイナ、たぶんロシアにとっても都合がいいのはチャイナの導きにより北朝鮮で一種の無血クーデターが起こり、金正恩と一派が幽閉され、ヴェトナムやキューバのような国際社会の脅威にならない独裁体制に移行すること。「北朝鮮」という国(領域)の存在自体はチャイナやロシアとアメリカの同盟国韓国が地上の国境を接しないで済むため、周辺国にとって望ましい状況。要はそれがはた迷惑でなければいいわけ。

チャイナには文化大革命の首謀者いわゆる「四人組」を周恩来毛沢東の死の後、事実上のクーデターで巧みに排除し、改革開放の独裁体制に移行した「成功体験」がある。もし北朝鮮でもこれがうまくいけばみんなにとってハッピー。日米チャイナが連携して「崩壊させない体制変更」の可能性を探ることは地域の安定にとって重要、かつ有益。

アメリカは「軍事カルト」を攻撃するか

トランプ大統領はアジア歴訪の際の韓国国会における演説で簡明率直な言葉で北朝鮮と韓国を形容した。本来ああいう演説は日本の政治家が遙か以前にしていて当然の内容だった。

周囲が敵だらけの小国が自らを守るために軍事力をつける行為自体は奇異ではない。例えばイスラエルがそうしている。北朝鮮の特異性は別に周辺国が自国の生存を否定しているわけではない(前述の通り)のに金正恩が自身の権威を正当化し、国民を服従させるために周辺国を軍備増強を図っている点。つまり「周りは敵だらけなのに私たちが安寧に暮らせるのは金正恩のおかげ。私たちは金正恩について行く他ない」というわけ。

この状況はトランプ大統領の言うとおりまさしく「軍事カルト」だ。多くのカルトは宗教などの衣をまといつつ「周囲の人間は我々を敵視している。だけど私たちは指導者のおかげで救われている。だから指導者に忠誠を尽くそう」といったロジックで構成員を従わせて、指導者が胸に秘めた野望に向かって違法行為、破壊活動へと駆り立てる。北朝鮮の場合、さしずめ「核兵器カルト」。

現状においてアメリカが北朝鮮を軍事攻撃する可能性は極めて低い。北朝鮮には反撃する意思と能力があるため、同盟国日本をはじめグアム、ハワイには確実に被害が及ぶ。1度に何十発と発射されればミサイル防衛での対応は不可能。またチャイナ、ロシアとの関係が混乱する事態もありうる。たかが「軍事カルト」のためにそこまでのリスクを払うとは考えづらい。トランプ大統領のボルテージが上がったとしてもマティス国防長官、マクマスター国家安全保障担当補佐官、ケリー首席補佐官の退役軍事トリオが首を縦に振らないはず。

ヘンリー・キッシンジャー国務長官は2017年春のBSフジ「プライムニュース」のインタビューでアメリカが北朝鮮を攻撃するのは「アメリカ本土が攻撃される状況になった場合」と言った。その後慌てて「同盟国への脅威も大切」と付け加えたがアメリカの本音は最初の発言だろう。とはいえ、前段の通り軍事攻撃は難しい。ではどうするか。

アメリカはオバマ政権の終盤から対北朝鮮を念頭に国防総省のロバート・ワーク氏のもとで「第3オフセット」技術の開発を進めてきた。核兵器の「第1オフセット」、精密誘導とステルス技術の「第2オフセット」に続くものでアメリカが軍事技術でリードするために。これは端的に言えばサイバー技術で相手の核ミサイルを事実上無力化するもので完成すれば核兵器に代わる新しい抑止の枠組みにもなる。当時の国防長官アシュトン・カーターは師匠格であるウィリアム・J・ペリー元国防長官の意を受けて「第3オフセット」の研究を加速するようワーク氏に命じた。ペリー氏は「第2オフセット」の開発に携わり、国防長官退任後は「核なき世界」実現のための「ペリープロセス」を提案し、オバマ大統領の指南役も務めた。つまり「第3オフセット」は「核なき世界」のために「核に代わる抑止力」を確立する構想でもある。トランプ政権発足後もマティス国防長官の下で研究は継続中。

「第3オフセット」が確立すれば北朝鮮の現体制が続き、核・ミサイル技術が高まった段階で軍事攻撃しても反撃の懸念は薄まり、多少ミサイルが実際に飛んできてもミサイル防衛で対応可能な範囲にとどめられる。そう考えるとアメリカとしては何らかの方法で核・ミサイル開発のスピードをダウンさせて「第3オフセット」を早く確立させるのが現在の北朝鮮と対峙する上で最重要事項。もちろん北朝鮮金正恩)はこのことをよく分かっている。「第3オフセット」が確立してしまうと「核・ミサイルカード」は失われ、金正恩は自身の安全が危ぶまれる。だから核・ミサイル開発をスピードアップさせているのだ。

「核なき世界」を目指すための核に代わる抑止力で核・ミサイルの脅威に備える。何とも皮肉というか興味深い状況。