アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

メニューイン-坂入健司郎【ストリングスのヒューマニティ】

神童から大音楽家への道程

サー・ユーディ・メニューイン(1916-1999)は約70年の音楽人生の後半、指揮活動に力を注いだ。巧みなバトンテクニックは持ち合わせず、響きが整っていない録音も多い一方、生まれ持っての音楽の核心を見抜く洞察眼から導かれた、エネルギーと包容性に富んだ音楽からは、ときに温かい空気が聴く者の身体を通り抜ける。その質感は神童ヴァイオリニストで出発したメニューインが大人の音楽家となるまでに味わった葛藤や身につけた人格的深みの反映とも言える。

交響曲からオペラ・宗教曲まで手がけた指揮者メニューイン。とりわけ心血を注ぎ、内容面でもメニューインの肉声が聴こえるのが弦楽アンサンブルの楽曲。晩年の1987年と1992年に新日本フィルハーモニー交響楽団を指揮した際はヴォーン・ウィリアムズのタリスの主題による幻想曲(1987年)、バルトークのディヴェルティメント(1992年)と親交のあった作曲家が書いた弦楽アンサンブル作品の傑作をプログラムに載せた。

新日本フォルとの演奏会評が好評だったタリスの主題による幻想曲は同時期にイギリス室内管弦楽団と録音している。オーケストラのキメの細かい響きを生かしつつ、身振りの大きいメリハリがついており、哀しみと瑞々しさが混ざり合った感情の渦が聴き手を被う。なおヴォーン・ウィリアムズは2018年が没後60年。

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スペイン国立放送交響楽団との映像

またバルトークもセッション録音(nimbus)とポーランド室内管を指揮したライヴ録音(やっと巡り逢えた至高のメニューイン : 私たちは20世紀に生まれた)を遺した。

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ポーランド室内管弦楽団とのライヴ録音(49:30からバルトーク

弦楽アンサンブルが俊英の新しい顔を見せる

指揮の世界でもたまに神童的才能が生まれる。ロリン・マゼール(1930-2014)は代表格だが坂入健司郎(1988年生まれ)もそのひとり。13歳で指揮台に上がり、今や自ら結成した2つのオーケストラを率いる立場。しかも単に若くて指揮しているからえらいなんて話じゃなく、オーケストラの各パートの階層化と織り成しの妙にすぐれ、音楽の急所を論理的に透かし彫りできる稀有な存在。既に名門Altusレーベルから複数タイトルのCDを発売し、いずれもベストセラー。

そんな彼が2017年12月28日に手兵のひとつ川崎室内管弦楽団と全て20世紀の弦楽アンサンブル作品の演奏会を杉並公会堂で行う。ヴォーン・ウィリアムズのタリスの主題による幻想曲、バルトークのディヴェルティメント、シェーンベルクの淨夜。ここで弦楽アンサンブルだけのプログラムできたのは今までブルックナーマーラーの大曲などを振りこなしてきた坂入がそろそろ自身の心の声をそっと聴かせたいという気持ちの表れのはず。指揮者メニューインがそうだったように。21世紀の日本に表れた天才が形作る怜悧かつ襞のある音楽世界に耳を傾けてはどうだろう。※文中敬称略

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www.youtube.comMahler:Symphony No.3;Brahms:Ave Maria;Wolf:Elfenlied/坂入健司郎(指揮) 東京ユヴェントス・フィルハーモニー

Bruckner:Symphony No.8;Debussy:Prelude a L'Apres-Midi d'un Faune/坂入健司郎(指揮) 東京ユヴェントス・フィルハーモニー