以下の記事の続き。※一部ネタばれあり※
第3位:六つのナポレオン(『シャーロック・ホームズの帰還』)
「雲をつかむような話」→「ホームズの地道な捜査」→「驚くべき真相」という典型的なホームズ作品の成功パターン。ナポレオンの胸像を次々に壊すという単なる奇行とも取れる話で始まり、ホームズの捜査により少しずつ犯罪の気配が強まる。殺人事件の発生でそちらの結論へ急ぐレストレード警部を尻目にホームズは胸像の流通経路とそこに絡む人物の足跡を丹念にたどり、最終的に容疑者逮捕に加えて迷宮入りしていた宝石盗難事件の真相までこの上なく鮮やかに解き明かす。レストレード警部が示すホームズへの敬意が素晴らしく、ドイル作品では珍しいほどきれいな終わり方。テレビドラマ版では犯罪の背景をより濃密に描く脚色が効果的だった。
第2位:ブルース・パーティントン設計書(『シャーロック・ホームズ最後の挨拶』)
ホームズ短編の集大成と言える秀作。ホームズとワトスンがマイクロフト・ホームズ、レストレード警部からの依頼で国家機密漏洩の危機に対処する豪華編。お決まりの不法侵入まで行い、何が起きたかを丁寧に追い、最後はホームズの冴えわたる推理が意外な真犯人をおびき出す。冒頭の退屈するホームズや兄弟のやり取りなど薄いユーモアも挟まれ、後味のあまりよくない(容疑者の兄である保管責任者の死因は未解明のまま)事件を楽しめる一編にしている。子供の頃、旧い版の新潮文庫で初めて読んだとき「ウォルター大佐」が「ヲルター大佐」だったのに面食らったのが懐かしい。テレビドラマ版は最初のホームズの退屈ぶりと受け流すワトスンをブレット、ハードウィックが絶妙に演じていた。
第1位:空き家の冒険(『シャーロック・ホームズの帰還』)
はっきり分かるのが支離滅裂なトンデモ作品「最後の事件」からの10年間でドイルの筆力が大幅に向上したこと。『バスカヴィル家の犬』や歴史小説の執筆により人物描写、筋の組み立ての厚みが増し、受け入れやすい形でホームズの真の復活のレールを敷いている。もっとも「最後の事件」のラストがいわばワトスンのモノローグで締められたからこそできた技であり、ここに無理やりホームズを葬りつつ、どこかに逃げ道は残そうと考えたドイルの心中が推測できる。
ホームズとワトスンの再開以降はスピーディにしてユーモラスで楽しいの一語。ハドスン夫人まで狂言回しに使うなどドイルはノリノリ。そしてまたも一度で使い捨てられる恐ろしくキャラの濃いスナイパー、モラン大佐。もう言うことなし。ベイカー街でこれほど緊迫感のあるドラマを構築できるのだからドイルの短編における作劇術は破格。
今回拙いベスト10を書き上げられたのは下記ブログの筆者のおかげ。この場を借りて深く感謝申し上げます。
シャーロック・ホームズの生還 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)
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シャーロック・ホームズ最後の挨拶 新訳シャーロック・ホームズ全集 (光文社文庫)
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