アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

気鋭のチェリスト三井静【名門ミュンヘン・フィルの一員に】

齋藤秀雄、堤剛から連なる歴史を見ても明らかなように日本は数々の個性的な名手を生んできたチェロ大国。近年は伊藤悠貴、岡本侑也、佐藤晴真など世界基準で真っ向勝負できる高い技術を持つ若手奏者が次々活躍中。今回取り上げる三井静(1992年生まれ)もそのひとりで、幾多の国際コンクール入賞を重ねた後に世界屈指のオーケストラ、ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団の正団員の座を勝ち取った。

2020年2月からの本格始動を控える三井静に曲折に富んだこれまでの歩みと今後への意欲、そして1月末から3月にかけて行うソリスト室内楽奏者としての日本での演奏会について書面インタビューを行った。以下その全文。見出しはブログ筆者によるもの。

挫折から始まった名門オーケストラへの道

僕は一流の演奏家になるためには遅めの15歳の時にチェリストを志す決断をしましたが、目指すと決めてからは他の学生に比べて勤勉でした。20歳までの5年間は思い出すと辛くなるほどコンクールに執着し努力して、最終的に目標だった日本音楽コンクールの入賞を果たしました。

ようやく自分の演奏に自信が持てた頃、NHK交響楽団のアカデミーのオーディションを受けてみないかという話を貰い、合格して入団。アカデミー生はN響の演奏会にエキストラとして出演できますが、現場に行ってみたら全く仕事が出来なくて愕然としました。今までやってきた長くても20分のソロの曲を膨大な時間をかけて用意するのと違ってオーケストラは二週間で2時間のプログラムを用意しないといけない。幼い頃から真剣にチェロに取り組んでいないと越えられない壁、当時の僕には厳しく完全に自信を失いました。ソリストとしての仕事とオーケストラの仕事でスケジュールがどんどん圧迫されて、なかなか上達しないまま気付いたら22歳。このままじゃ駄目だと思って留学を決意しました。

留学の目標は仕事をやっていける技術を手に入れて失った自信を取り戻す事。ライターが原稿を書くのにブラインドタッチが出来なければ話にならないように、チェロも呼吸をするように弾けなければ!そうすれば弾き方を考えなくていい分譜読みの時間も短縮出来るし、大人数でのアンサンブルにも対応する事ができると考えたのです。

ザルツブルクに留学した5年間、オーケストラはほとんど弾かずにソロの勉強だけをしました。毎日のようにフォームを変え、自分のもつ歌を自然体で表現しようと試行錯誤を繰り返していました。留学中に同世代のチェリストが日本でプロとしてオーケストラで弾き、自分より若い世代がソリストとして活躍しているのをSNSで見て日本に帰りたくなり、悔しさのあまり涙を流したのを覚えています。その実、前述のオーケストラに対するコンプレックスが僕の留学生活を支えてくれました。

勉強を続ける事4年。ルーマニアで開催されたジョルジュ・エネスコ国際コンクールという大きなコンクールに入賞する事も出来て、そろそろいけるかもしれないとミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団のアカデミーに入りました。しかし、それでもまだ少し早かったようでした。能力のなさに絶望したもののここまでの人生で、ある意味コンプレックスでしかなかった「オーケストラ」をミュンヘン・フィルが憧れに変えてくれました。125年の歴史を持つミュンヘン・フィルが培ってきたドイツ的な音と音楽監督であるゲルギエフの響きに対する天才的な耳が融合して演奏されるブルックナー。とんでもない世界観。正団員のオーディションがあることを知った時は迷わず申し込んでいました。このオーケストラで演奏していきたいと。

ワレリー・ゲルギエフ&ミュンヘン・フィル/ブルックナー:交響曲第4番「ロマンティック」

ワレリー・ゲルギエフ&ミュンヘン・フィル/ブルックナー:交響曲第1番

ワレリー・ゲルギエフ&ミュンヘン・フィル/ブルックナー:交響曲第3番

ワレリー・ゲルギエフ(指揮) ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団/ブルックナー:交響曲第8番

ワレリー・ゲルギエフ(指揮) ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団/ブルックナー:交響曲第9番

ワレリー・ゲルギエフ(指揮) ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団/ブルックナー:交響曲第2番

ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団のオーディション

オーディションは2日に分けられていて、1日目は学生や僕のようなオーケストラアカデミー生を審査します。ガスタイクを本拠地に持っているミュンヘン・フィルだけあって、オーディションもガスタイクの大ホール。2000人ホールの観客席には審査員の団員30名程度。全ての審査にはオーケストラの伴奏員が付きますが、リハーサルなしなので弾き辛かったのを覚えています。

全部で三次試験まであり一、二次で八割方が落ち、三次でその半分程度に絞られ2日目に進みました。2日目は1日目の合格者と既に実績のあるオーケストラ奏者が加わり審査。本当は3回審査されるはずが、最初の審査で4人に絞られた関係で2回目の審査で合格者を決定しますとアナウンスが。2回目を弾き終わり審査員であったミュンヘン・フィルの団員が会議を経て投票します。1人だけの合格者に選ばれた時は信じられない気持ちでした。

自身の長所とこれから進化したい部分

演奏中には極限まで曲の良さを味わうようにしています。自分が想いを馳せ心を震わせたフレーズが音を通じて聴衆とシンクロするようなイメージを持って弾くので、もしそれが伝わっていたら長所と言えるかもしれません。進化させたい部分はその純度です。ヨー・ヨー・マさんの演奏会を聴いていて一度涙が出てしまった事があるのですが、周りを見渡したら何人もハンカチで目を拭っているという奇跡的な光景を目にしました。以来これを理想としています。

よく「背が高くてチェロが弾きやすいでしょ?」と言われる事がありますが、舞台映えとしては良いのかもしれませんがメリットを感じることは少ないです。僕は身体も硬く運動神経もないのでこの身体を扱うのにとても苦労しています。最近ようやく自分の腕の重みでチェロを弾けるようになってきたので、これからどんどん長所を発見できるかもしれません。楽しみです。

ミュンヘン・フィルの印象

印象としては天才集団です。皆さん本当に能力が高く本番での集中力は圧巻。やはり元音楽監督チェリビダッケの記憶は今でも強く残っていて、当時を知る団員さんからは逸話を沢山聞かせて貰えますし、ガスタイク内もチェリビダッケの写真だけ段違いに多く飾られています。ブルックナーの演奏からは団員さんが誇りをもっているのをひしひしと感じます。先に触れましたがこれから団員として音楽監督ゲルギエフさんと演奏していくのがとても楽しみです。 

創立125周年記念デラックスCDボックス<初回生産限定盤>/ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団

ザ・ミュンヘン・イヤーズ<限定盤>セルジュ・チェリビダッケ(指揮)

日本での演奏予定

1月29日にハイドンのチェロ協奏曲第1番を新宿文化センターでバッティストーニさん指揮、東京フィルハーモニー交響楽団と共演します。

2月5日には同世代の素晴らしい演奏家たちと鳥取とりぎん文化会館室内楽のコンサート。

2月29日には友人でもある指揮者の大井駿さん(2月の鳥取ではピアニストとして共演)に誘われて伊達管弦楽団ドヴォルザークのチェロ協奏曲を演奏します。

3月1日には埼玉県にあるギャラリーカフェ・ラルゴでフルリサイタルも。留学中は日本で演奏する機会が少なかったのでとてもワクワクしています。

※後半の2公演は新型コロナウィルス発生の影響で中止となった。

三井静プロフィール

ミュンヘンフィルハーモニー管弦楽団チェリスト

第9回泉の森ジュニアチェロコンクール金賞。

第20回日本クラシック音楽コンクール最高位。第80回日本音楽コンクール第3位。第15回東京音楽コンクール弦楽器部門第2位。エンリコ・マイナルディ・チェロコンクール(オーストリア)第1位。ジョルジュ・エネスコ国際コンクールチェロ部門において日本人初の入賞。

2010年から2013年まで(財)ヤマハ音楽振興会より、2013年から2015年まで日本演奏連盟より、2015年から2017年まで公益財団法人ロームミュージックファンデーションより奨学支援を受ける。2017年から2018年にはルイ・ヴィトン財団の奨学生に選ばれ"Classe d’Excellence de Violoncelle de Gautier Capuçon"に参加。演奏会などの様子がmediciTVにて配信されている。2018年から2019年まで文化庁の研修生としてザルツブルクに留学した。

室内楽やオーケストラの活動にも積極的に取り組み、ゴーティエ・カプソン、クレメンス・ハーゲン、五嶋みどり、徳永二男、篠崎史紀の各氏ら著名な演奏家室内楽で共演し、2011年から2012年までN響アカデミーに在籍。これまでにチェロを岩井雅音、毛利伯郎、ジョバンニ・ニョッキ、クレメンス・ハーゲンの各氏に師事。桐朋学園大学ソリストディプロマコースを経て、ザルツブルク・モーツァルテウム大学在学中にミュンヘンフィルハーモニー団員となる。

多忙な中、インタビューに応じて下さった三井静氏に心より感謝します。

※文中一部敬称略