夏場の氷代稼ぎコンサートでよく取り上げられるのが「三大交響曲」と言われるベートーヴェンの交響曲第5番、シューベルトの交響曲第8(7)番「未完成」、ドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。
誰がこう呼び始めたかは不明だが読売日本交響楽団は「三大交響曲」コンサートを毎年夏に開催している。指揮者にとって時代、様式の隔ったしかも超有名な3曲を1つの演奏会で取り上げて一定水準の演奏を成し遂げるのは結構大変だろう。
そこで今回は「三大交響曲」を巧く捌いた大指揮者は誰か、ランキング形式で考察する。
- 第1位オトマール・スウィトナー
- 第2位サー・コリン・デイヴィス
- 第3位ロリン・マゼール
- 第4位カール・ベーム
- 第5位ペーター・マーク
- 第6位ブルーノ・ワルター
- 第7位近衞秀麿
- 第8位レオポルド・ストコフスキー
- 第9位ヴァーツラフ・ノイマン
- 第10位朝比奈隆
第1位オトマール・スウィトナー
・ドヴォルザーク/シュターツカペレ・ベルリン(キングレコード)
NHK交響楽団名誉指揮者だったスウィトナー。3曲全て同じオーケストラでしかも割と近い時期に録音しており、演奏も素晴らしい。オーケストラの手厚く底光りする響きを生かしつつ、瑞々しい質感の音楽が展開されている。要所では結構ゴリゴリ押すもスッキリした後味ゆえ野暮ったくならない。録音状態も高水準。
ベートーヴェンやシューベルトについてはNHK交響楽団との(後者のみシュターツカペレ・ベルリンとも)ライヴ録音も存在する。
第2位サー・コリン・デイヴィス
・ベートーヴェン/シュターツカペレ・ドレスデン(デッカ=フィリップス)
・シューベルト/シュターツカペレ・ドレスデン(BMG・RCA)
ベートーヴェンとシューベルトは演奏録音の両面で2曲の数多い録音中のトップクラスに位置する名盤。オーケストラのプラチナサウンドを尊重しながら骨格のがっしりした、それでいて細部の動きにしなやかさのある表現は飽きがこない。シューベルトの深い呼吸と時折垣間見えるほの暗さはインパクト大。
ドヴォルザークは余情排した正攻法で特別なことしなくてもこれは名曲だぞと教えてくれるよう。無粋なしなを作らないことでかえって音楽が宿す叙情味がじわりと浮かび上がる仕掛け。惜しいのは本拠地ホールの音響に起因する乾いた音質。このアラがむき出しになる状況で高水準の演奏し続けるロンドン響は大したもの。デイヴィスはフィリップスにコンセルトヘボウ管弦楽団との共演で7番から9番の交響曲を録音している。
第3位ロリン・マゼール
・ベートーヴェン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ソニー)
・シューベルト/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(ソニー)
・ドヴォルザーク/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(DGG)
マゼールの強みは3曲とも近い録音時期の音源かつウィーンフィルで聴けて、輸入盤セールのタイミングとらえると3曲(CD2枚)合わせて2,000円でおつり来ること。
演奏自体シャープで音楽のうごめきを面白く見せてくれる内容。ベルリン放送響と録音した30歳代の録音に比べると若干角が取れたがウィーンフィルを音色、精度両面でフル回転させる統制力は破格。特にソニーのクラシックCD第1号だった来日公演ライヴのベートーヴェンとシューベルトの価値が高い。
前述の通りマゼールは3曲を若い頃から録音、複数の音源がある。またドヴォルザークは2004年にニューヨーク・フィルハーモニックと北朝鮮公演を行った際に取り上げた。この模様はブルーレイで見られる。
第4位カール・ベーム
・ベートーヴェン/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(DGG)
・シューベルト/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(DGG)
・ドヴォルザーク/ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団(DGG)
1977年ライヴのシューベルトの地の底から噴き上がる強靭なサウンドはこの指揮者の秘めたパッションが顕になった瞬間。ドヴォルザークも晩年のセッション録音ながら引き締まっており結構ホット。第2楽章の格調高い表情に深い寂寥感を通わせる手腕は流石。残念なのはベートーヴェンの平凡さ。音楽の筋は当然しっかりしているがもう一つピリッとしない。
ベートーヴェンとシューベルトに関してはベームも複数の音源残した。前者の1977年東京ライヴ(Altus)は強い緊張感渦巻く演奏でセッション録音より聴き応えある。
第5位ペーター・マーク
・ベートーヴェン/パドヴァ・デ・ヴェネト管弦楽団(ARTS)
東京都交響楽団の定期招聘指揮者として日本の音楽ファンに親しまれたマーク。
モーツァルトとメンデルスゾーンのスペシャリストのイメイジが強く録音も殆ど2人の作品だったので晩年ベートーヴェン交響曲全集が録音できたのは幸いなこと。決して声は大きくないがちょっとした内声の協調やテンポの瞬間操作で聴き手に作品の持つエネルギーをじわじわ伝えてくる。時々編集ミスやらかすレーベルだがこの曲は大丈夫。
ヴァントの代役でたった一度NHK交響楽団に客演した時のシューベルトはマークの本領発揮とまではいっていないが、透明度の高い響きに淡い煌きがまたたくところなどやはりこの指揮者ならでは。優美な香りがたちこめる。
事実上の手兵だった都響とのドヴォルザークは絶好調。ゆったり目のテンポで大きい流れを形作りながら、リズム処理と緩急強弱軽重硬軟明暗の自在な出し入れにより響きの万華鏡が目の前に拡がる。音色の多彩さでここまで聴かせるドヴォルザークは稀有。都響の反応の良さも特筆もの。併録のワーグナーの『トリスタンとイゾルデ』前奏曲と愛の死も破格。そんなに重くやってないのにずっしりくる音楽の厚み、澄んだ質感の上にはらむ胸締め付ける艶やかさというか妖気。音質が良いのも嬉しい限り。
第6位ブルーノ・ワルター
・シューベルト/ニューヨーク・フィルハーモニー交響楽団(現、ニューヨーク・フィルハーモニック)(ソニー)
シューベルトはレコード時代から高い評価を得てきた一方、ベートーヴェンとドヴォルザークはコロンビア交響楽団の弱さがしばしば指摘される。確かに常設の高機能オーケストラと比較すればアンサンブルの切り返しの速さ、響きの厚み、音色の美感の点でやや見劣りする。しかし老いた指揮者の音楽思想を形にすべく献身的に取り組んだ姿勢は大したものだし事実ワルターの指揮技術にある程度ついていっている。
ドヴォルザークには一見大人しい音楽の向こう側にマグマがふつふつたぎっている雰囲気が漂い、力強くもどこかやるせないムードを醸し出す。ベートーヴェンの冒頭「タタタターン」の最後かなり伸ばし一回一回間をとるスタイルは何度聴いてもちょっと不思議。両端楽章とも提示部の反復は省略。いずれの曲もワルターは複数の音源を残した。
第7位近衞秀麿
1968年のセッション録音。若干乾いた音質ながら聴きやすいステレオ録音で日本楽壇黎明期の巨人の技を検証できるのはありがたい。
3曲とも独自の改変を加えた「近衞版」。木管、ティンパニを中心にかなり賑やかだが、音楽自体は中庸のテンポで運ばれる正攻法。
ベートーヴェンはゆったりめの品のある進行。ややおとなしいか。
シューベルトもじっくり取り組まれ、ほの暗い音色を基調とする音楽は余韻が深い。もう少しオーケストラに響きのパレットがあれば一層充実したはず。
白眉はドヴォルザーク。速過ぎず、遅すぎないテンポ設定のもと、緊張感ある運びの中でふくよかにたっぷり旋律を歌わせ、作品に込められた作曲者の多様な感情が汲み出されている。随所でメロディに金管をダブらせる「改訂」もハマる。
併録のスラヴ舞曲作品72-2は絶品。
余談だが近衞秀麿は名曲コンサートの定番ルロイ・アンダーソンを日本に紹介した指揮者でもある。
日本コロンビアから発売のコンピレーションアルバムに彼の振ったアンダーソン4曲が収録されている。
第8位レオポルド・ストコフスキー
・ベートーヴェン/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(デッカ)
・シューベルト/ロンドン・フィルハーモニー管弦楽団(デッカ)
・ドヴォルザーク/ニュー・フィルハーモニア管弦楽団(BMG・RCA)
約65年の指揮者人生を送った巨魁ストコフスキー(上述の近衞氏とも親交あった)。従って3曲とも多くの音源あるがここで挙げたのは晩年の録音。彼が熱心に取り組んだ「フェイズ4」形式で収録されており独特の音場感。
やりたい放題のイメイジの強いストコフスキーだがベートーヴェン、シューベルトは反復の省略と指揮者の世代からくる慣習的改変以外は言ってみれば普通に演奏。速めのテンポで見通しの良い音楽。高齢指揮者にありがちなリズムの硬直もなく颯爽としてすらいる。
一方ドヴォルザークは常軌を逸した内容。緩急のギアチェンジがテンコ盛りで激しいところは猛ダッシュ、静かな箇所は纏綿と歌い込む。第1楽章の締めくくりにはホルンのトリルを追加、更にフィナーレのラストをボワーンと膨らませるという爆弾まで投下。この2つの仕掛けは何度聴いてもドッキリ。ニュー・フィルハーモニア管弦楽団の献身的協力に拍手。
第9位ヴァーツラフ・ノイマン
・ベートーヴェン/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団〔1989年録音〕(スプラフォン)
・シューベルト/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団(スプラフォン)
・ドヴォルザーク/チェコ・フィルハーモニー管弦楽団〔1993年ライヴ〕(DENON)
ドヴォルザークは説明不要だろう。あえて付言するなら取り上げたライヴ録音は同曲同演奏者の異演に比べてピンと張りつめたものが感じられる。映像も存在し必見の出来。
「ビロード革命」前後の時期にノイマンはベートーヴェンを結構演奏、録音しており5番もその一つ。そろそろチェコ物以外がやりたくなったのだろうか。落ち着いたテンポを保ちつつ音楽には前へ進む勢いがあって鳴りっぷりもなかなか。ノイマン特有の人懐っこさと共にピシッとした感触が出ている。なお1969年来日時にもノイマンは同曲を録音。
遡ってアンチェル時代の1966年録音のシューベルトはきっちりした造形美が好印象。管弦の温かみとシャープさが溶け合った美音に当時のチェコフィルの充実度が覗える。
第10位朝比奈隆
・ベートーヴェン/大阪フィルハーモニー交響楽団(エクストン〔SACDハイブリッド全集盤〕)
・ドヴォルザーク/大阪フィルハーモニー交響楽団(ポニーキャニオン)
ベートーヴェンは数多い音源のうち最晩年のチクルスの全集盤向け再編集版を選んだ。遅めのテンポで一貫するも割合すっきりした輪郭の響きに仕上げている。それでも他の指揮者と比べればかなりゴリゴリと押してくる内容で独特の音圧の強さは健在。優秀録音。
シューベルトは阪神淡路大震災の直後に都響へ客演した時のライヴ収録。主旋律を後ろ髪ひかれるほど歌い尽くし、第1楽章の山場では怒涛の鳴らし込み。それでも都響ゆえか逸脱の一歩手前で踏み止まる。ちなみに併録のワーグナー(パルジファル第1幕前奏曲と聖金曜日の音楽)は音楽の山と谷を5倍位拡大し文字通り気宇壮大な響きが展開。通して聴くとお腹いっぱい。
毎年のニューイヤーコンサートのメインだったドヴォルザーク。こちらはお腹いっぱい通り越して胃もたれしちゃう濃さ。流石晩年まで肉食通したマエストロ。殆ど全てのフレーズにたっぷり感情のウェイト乗せて歌い込み、ズドンズドン鳴らしまくる。クレンペラーに感化されたか壮年期は省いていた第1楽章の提示部反復を励行。二重にくどい。フィナーレの終盤などストコフスキーさえ裸足で逃げ出しそうな大見得を切ってみせる。年に1度でたくさんだが不思議と年に1度は聴きたくなるCD。