アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

ベートーヴェン生誕250年とセル没後50年に寄せて【「ハートをもった独裁者」の音楽的故郷は】

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「エグモント」序曲、ピアノ協奏曲第3番(フィルクシュニー〔p.〕)、交響曲第3番
1963年8月4日、チェコ・フィルにとってザルツブルク音楽祭初参戦機会のライヴ録音。
当時アンチェル治世下で相当鍛えられていたはずのチェコ・フィルだが、セルの要求は苛烈だったと見えて交響曲の第1楽章には少なからぬキズがある。
しかし、第2楽章の峻厳かつしなやかな悲劇表現の美はヨーロッパの楽団ならではの魅力。
ピアノ協奏曲第3番の第2楽章、デリカシーにあふれた運びからたちのぼるロマンはプラハがキャリアの原点だったセルの心の声を思わせ、フィルクシュニーの闊達で品格漂うソロと響き合う。そこに至る背景こそ異なるが、ある時期からチェコで活動できなくなった巨匠同士の共演は明晰さの中にほろ苦さがにじむ。
フィルクシュニーはセルの写真と形見分けの眼鏡を自室のピアノの近くにいつも置いていたそうだ。

セルが指揮したチェコ・フィルのライヴ録音でもうひとつ聴き逃せないのは1969年8月30日、ルツェルン音楽祭のドヴォルザーク交響曲第8番。
音楽監督アンチェルがいわゆる「プラハの春」の弾圧を受けて外遊中に亡命し、突然チェコ・フィルから去った約1年後だが、オーケストラはセルの細かい要求に応えている。第4楽章冒頭のフルートに起伏を大きくつけながら、切り返しの鋭い音で吹かせるところなど圧巻。

公演から1年経たずにセルは逝去するが、この時期の音源はセッション、ライヴ問わず殆ど破格の演奏ばかり。
例えばリリース時に高評価を得た同年8月24日のザルツブルク音楽祭におけるライヴ録音のウィーン・フィルとのベートーヴェン:交響曲第5番


高潔に引き締められた輪郭を基調としながら、リズムの激しい躍動がみなぎる。セルにとってウィーンはプラハと共に音楽的原点の街。初録音のオーケストラはウィーン・フィルだった。
それゆえ1970年のベートーヴェン生誕200年を前にウィーン・フィルとオールベートーヴェンのコンサートに臨んだセルの気迫は並々ならぬものだったと推測するが、変に熱気で塗りこめず、美観の一線を保っているのは流石。
George Szell:Salzburg Orchestral Concert 1958-1968
ドヴォルザーク:交響曲 第8番/ジョージ・セル、チェコフィル(1969年ルツェルンライヴ)
ベートーヴェン: ピアノ協奏曲第3番、交響曲第5番/ジョージ・セル指揮 ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
モーツァルト:ピアノ協奏曲第18番/フィルクスニー(ピアノ)ジョージ・セル、ケルン放送響
ドヴォルザーク:チェロ協奏曲、交響曲第9番/パブロ・カザルス、ジョージ・セル指揮 チェコフィル
ドヴォルザーク:交響曲第7番・第8番・第9番「新世界より」他 (2020年 DSDリマスター)<完全生産限定盤>/ジョージ・セル、クリーヴランド管弦楽団
ベートーヴェン: 交響曲全集 (2016年DSDリマスター) (SACDハイブリッド)<完全生産限定盤>/セル、クリーヴランド管弦楽団
ベートーヴェン: 序曲集 (2016年DSDリマスター) (SACDハイブリッド)<完全生産限定盤>/セル、クリーヴランド管弦楽団