アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

ベートーヴェン:交響曲第3番「英雄」の棘【O.E.T@7/20"Opening"】

オーケストラ・アンサンブル東京(O.E.T)7月20日に行う結成披露公演のメイン曲目は楽団代表・水野蒼生が指揮するベートーヴェン交響曲第3番

orchestra-ensemble.tokyo

O.E.T @7/20"Opening" (@o_e_tokyo) on Twitter

クラシック音楽史上に輝く革命的作品。言い方を変えればチクッとくるポイントがたくさんある。詳細な分析は音楽学者の書物に譲るとして、一音楽ファンの視線で刺さるところをごく簡単に。

youtu.be

第1楽章

冒頭。何の前触れもなく2発サウンドが炸裂する。いきなり真剣勝負。

2発の間隔で以降の指揮者のテンポ設定が大体分かる。

間を置かずに2発鳴らせば速いテンポでいくし、少し間を取って鳴らせばゆったりと進む。間を置かずに2発鳴らしたのにまったり行く指揮者やしっかり間を取って鳴らしたのにせかせかやる指揮者はあまりいない。

そこから静々といかにも高貴で伸びやかなメロディが流れ、じわじわと音の成分が積み重なって最初の盛り上がりを迎える。

次にどんどん軋み系の音が使われて響きのエネルギーを強く聴き手に印象付ける(動画5:00-6:45、以下同じ)。当時こうした音を短い間隔でしかもフルスロットルで連射することは殆どなく相当ショッキングだったはず。

楽章の締め括りは最初のメロディの要素が膨らんで堂々たる響きに結実(14:00-15:45)。 

第2楽章(15:55-)

何と葬送行進曲。極めて悲痛で荘厳、しかしどこか希望もある音楽。

ホルンの奏でる旋律がどれも胸にしみる。とりわけ24:42からの部分。

音楽の表現可能性を劇的に広げた約16分間。

第3楽章(32:45-)

一転してウキウキ、ちょっぴりユーモラス。

35:25-と36:00-のホルンの3重奏は聴く側は愉しいが奏者はドキドキ。

ばっちり決まれば終演後のビールがうまいだろう。

第4楽章(38:35-)

ズバッと空間を切り裂く始まり。そこから優美なメロディが流れ出て響きの万華鏡が展開される。46:55以降の音楽の高揚感、温かさとラストの追い込みは身体をゆすりたくなる。やはりホルンが大活躍。

この曲は全編に渡ってホルンの見せ場が多い。音楽の扉が開くかはホルン奏者が鍵を握っている。

最後に。

作曲当時(19世紀初頭)と現在では楽器、特に管楽器の構造が全く違っていた。

当時の楽器(のレプリカ)を使った演奏(ピリオド・アプローチ)。

youtu.be

北朝鮮は遠すぎる【1勝1敗の安倍首相欧州歴訪】

安倍首相はG20出席と北欧訪問のため、欧州歴訪を行った(九州北部豪雨発生により予定を2日繰り上げて帰国)。
都議選惨敗の余波が残るなか、得意の外政で巻き返えそうと意気込んだはずだが結果は1勝1敗

まず1勝。
EUのトゥスク大統領との会談でEUとのEPAの合意を固めたこと。
やや遅きに失したが規模、内容ともに画期的な合意。
www.jiji.com

日本は今後、産業の技術革新と製品化競争力の向上、農畜産の構造改革を速いテンポで進めれば、この協定を成長に結びつけられる。

次に1敗。
G20首脳宣言で北朝鮮に対する明確なメッセイジを盛り込めなかったこと。多くの国にとって北朝鮮は極東の小国、どこにあるかもよく分からない国であり、脅威と感じていない実態が改めて露呈した形。
www.jiji.com

国連加盟約190ヵ国のうち、約160ヵ国が北朝鮮と国交がある。つまり世界、とりわけ大陸ヨーロッパでは北朝鮮普通の国とみなされている。
日本はこの現実を直視し、北朝鮮との対話にしっかり乗り出す必要がある。アメリカは北朝鮮のミサイル開発をスローダウンさせるため、近いうちに北朝鮮と対話して何らかの合意に達するかもしれない。「圧力、圧力」と言っていたらアメリカに梯子外されていたでは日本としてあまりに情けない。
アメリカ、チャイナとの関係を密にしながら、北朝鮮と対話する道を日本政府はしたたかに考え、一歩踏み出す必要がある。

最後に。安倍首相は九州北部豪雨対応のため、エストニア訪問を取り止めて帰国した。災害対応は重要だがここは国益を踏まえて予定通り訪問してもらいたかった。
なぜならエストニアNATOのサイバー防衛の拠点であり、経済成長も著しいから。

トム・ワトソンのメンター逝く

元USGA会長のサンディ・テイタムが6月22日に逝去した。96歳だった。
http://www.usga.org/content/usga/home-page/articles/2017/06/former-usga-president-frank--sandy--tatum-dies.html

テイタムの半生や会長としての業績は上記リンクのページに詳しいので繰り返しは避ける。
私がテイタムの名前に親しんだのは敬愛するプロゴルファー、トム・ワトソンのキャディだった故ブルース・エドワーズの評伝にワトソンのメンターとして登場したから。

天国のキャディ―世界で一番美しいゴルフの物語 https://www.amazon.co.jp/dp/4532165709/ref=cm_sw_r_cp_apa_3BCzzbMFQ28RM
2006年邦訳刊行(原書刊行2004年)の本書はエドワーズのストーリーであると同時にワトソンの半生記、ツアーにおけるキャディの位置付けを描いた作品としても読める好著。

そして私はこの本に書かれているテイタムとワトソンの関係から「メンター」という存在を初めて知った。最近日本でもポピュラーになってきた言葉だが当時は馴染みがなく、興味深く受け止めたのを覚えている。

ハーディングパーク・ゴルフコースの整備に尽力するなどゴルフの普及、発展に尽力したテイタム。ワトソンはテイタム逝去の翌週開催の全米シニアオープン(USGA主催)で予選を通過してみせた。
※文中敬称略

中村紘子さんとセベ【『ピアニストだって冒険する』から】

2016年7月に惜しまれつつ逝去したピアニスト・文筆家の中村紘子さんの新刊。

tower.jp

新潮45」「音楽の友」の各誌に連載し、亡くなるひと月前まで書き続けた随筆をまとめたもの。

起伏に富んだピアニスト人生、国際コンクールの光と影、多彩な交遊・・・スパイスの効いた簡潔で瑞々しい文章が並んでいる。

興味深く読んだのはニューヨークタイムズの大評論家ハロルド・C・ショーンバーグとの挿話。ショーンバーグはピアノ評論の権威(もちろんオーケストラの評論もしていた。バーンスタインに厳しかったのは有名)で大著『The Great Pianists』をものした。

tower.jp

ショーンバーグが来日した際に接待役を仰せつかった中村さん。あるピアニストの演奏会に連れていったところ途中で退屈したショーンバーグはプログラムに漫画を書き出し、結局「出よう」。中村さんは恥ずかしさいっぱいでショーンバーグと退出する羽目に。後日スタジオで中村さんはショーンバーグの目前でありったけのレパートリーを披露することを余儀なくされた。

個人的に面白かったのはスペインでの話。ショーンバーグとあるコンクールの審査に赴いた中村さん。コンクールのパトロンである地元の名士を紹介された。この名士の娘婿が何とセベ・バレステロス(1957-2011;全英オープン3勝、マスターズ2勝、欧州ツアー通算50勝〔歴代1位〕)。中村さんの夫君・庄司薫さん、バレステロス、ショーンバーグは3人でゴルフを楽しんだという。

ゴルフ好きのショーンバーグは友人とゴルフ随筆を著した。幾多の音楽家をメッタ斬った筆の刃が本作では辛口ながら笑えるユーモアに昇華しており、中村さんも本書中で触れている。

理想のゴルファー (集英社文庫) | ハロルド ショーンバーグ, アイラ モスナー, ホリス アルパート, 北村 太郎 |本 | 通販 | Amazon

 

バレステロスが大恋愛の末にお金持ちの娘であるカルメンさんと結婚したことは知っていたがまさか中村紘子さんと出会っていたとは。ちなみにバレステロスは40代後半にカルメンさんと離婚後、別のパートナーを迎えたがその女性は事故死。2008年にバレステロスが脳腫瘍で倒れた時、付き添ったのはカルメンさん。バレステロスは約3年の闘病の末、2011年5月に54歳で逝去。彼が生前最後に公にした手紙は松山英樹選手あてのものだった。

聴衆の実数公表で活性化を【オーケストラ演奏会】

観客動員が問題にされない不可解さ

日本プロ野球は再編騒動を機に毎試合、来場者数の実数公表が行われている。

近年各球団はスタジアムの改修や女性をターゲットにしたグッズの開発など観衆を増やすために多彩な試みを始め、いわゆるカープ女子などの成果に繋げている。

どんなにチームが強くてもお客様の入りが悪ければ、球団の営業努力不足、ファンサービス不足が指摘される。

一方クラシック音楽オーケストラのコンサートでは来客数の公表はない。最近はFacebookで発信するオーケストラが増えたが大体演奏会後は「たくさんのお客様に御来場頂き」とあるだけで実際どれだけ埋まったのかは分からずじまい。

またいわゆる演奏会評でも聴衆の数はあまり問題にされない

これはおかしな話。

聴くひとが集ってこそ演奏会は成功

6月14日に東京フィルハーモニー交響楽団定期演奏会に出掛けたが前半に気鋭のピアニストがソリストとして出演したにもかかわらず、客席は7割程度の入り。しかも後半になると聴衆は若干減ってしまった。

ピアニストは素晴らしい演奏を披露したがたくさんのひとに聴いてもらえなければ何にもならない。

どんなにいい演奏だとしても聴衆の数が少ない、つまり聴いてもらえていないお金になっていないという状況はプロのライヴイヴェントとして失敗

万単位の観衆が集うプロ野球と違い、クラシック音楽のオーケストラのコンサートで集まる聴衆は特別な野外コンサートを除けば、2,000名程度がマックスだろう。数える手間もさほどかからないのだから日本オーケストラ連盟会員のオーケストラは演奏会毎に集まった聴衆の実数を公表してもらいたい。

動員力のあるオーケストラ、ないオーケストラ、動員力のある指揮者、ない指揮者がはっきりすることでオーケストラ同士がお互い切磋琢磨し、聴衆を集めようとアイデアを出す。聴衆の存在を一層強く意識することは間違いなく演奏にもいい影響がある。

仮に独創的な企画や珍しい演目に挑んだオーケストラが聴衆を集めていることが分かれば、有名作品偏重の曲目編成を見直そうと考える機運が生まれるだろう。

聴衆が集まってこそ演奏会は成功といえるんだという観点から、実数公表をぜひ始めて欲しい。

演奏会評のあり方も変わる必要がある。ガラガラの場合、演奏会評で内容以前にオーケストラの集客力の乏しさや事務局の営業努力不足を厳しく指摘するのが当然。

いよいよ本番の扉が開く!【指揮者・水野蒼生とO.E.T】

クラウドファンディング成功の先に

指揮者・水野蒼生が代表のO.E.Tが7月20日の旗揚げ公演のために行ったクラウドファンディングは期限内に目標を上回る金額が集まり、見事成功した。

camp-fire.jp

取り上げてきた人間として誠に嬉しく、彼らの意思と行動力を称えたい。

そしてたくさんの方々の支援が得られたことは本当に素晴らしい。

大事なのはここから。

O.E.Tはプログラムに音楽家の技量、知性、見識の全てがテストされるベートーヴェンの作品を3曲並べた。

実績あるオーケストラでも聴衆が納得する響きに仕上げるのは難しい楽曲ばかり。

意志と行動力でひとを引き付けた彼らが次は奏でる音楽で来場した聴衆を引き付ける。

平坦な道ではないがきっとやってくれるだろう。

本番まで引き続き彼らの歩みに注目していく。

もし今から指揮者・水野蒼生とO.E.Tを深く知りたい方は下記リンクで。

①オーケストラ公式サイト

orchestra-ensemble.tokyo

②跳ねる柑橘 氏によるインタビュー(O.E.Tの話)

hoppingnaranja.hatenablog.com

齋藤友亨氏によるインタビュー(半生記)

www.tomotrp.com

④客観的視点でざっくり知りたい時は(記事:池田卓夫氏)

style.nikkei.com

凝り性、アイデアマン【O.E.Tが描くすっぴんのベートーヴェン】

指揮者・水野蒼生の率いるO.E.Tが7月20日に行うオール・ベートーヴェンプログラム。

orchestra-ensemble.tokyo

プログラム前半は大井駿のピアノと指揮で

レオノーレ序曲第1番

ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲

が取り上げられる。

この2曲は音楽室にある肖像画や伝記からは分からないベートーヴェンの面白みが凝縮されている。

レオノーレ序曲第1番

ベートーヴェンは1805年にオペラ「レオノーレ」を書き上げて意気揚々と初演の舞台に掛けた。しかしあえなく失敗。翌年手を加えて再度舞台にかけて一応成功。そして1807年にはプラハでの上演話も出た。

このオペラに賭けていたベートーヴェンは各上演機会のためにオペラ本編に先立つ序曲を新しく作曲した。つまりレオノーレ序曲は3曲ある。

今回演奏されるレオノーレ序曲第1番は1807年のプラハ上演のために作られたが結局上演自体が実現せず、演奏されなかった。その後1813年からベートーヴェンは序曲を含むオペラ全体を書き改め、1814年に今もドイツ語圏で愛される名作オペラ「フィデリオ」が誕生した。

従ってレオノーレ序曲第1番は「レオノーレ」から「フィデリオ」に繋がるベートーヴェンの凝り性の軌跡にひっそりと咲く美しい花なのだ。ウキウキ、ワクワク感満載のオーケストラを聴く楽しさの詰まった作品。

ピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲

「ジャジャジャーン」の交響曲第5番(いわゆる「運命」)、オーケストラ曲に声楽を取りこんだ交響曲第9番(「歓喜の歌」は後のEU賛歌に)・・・ベートーヴェンは間違いなくアイデアマン。

このピアノ、ヴァイオリン、チェロのための三重協奏曲は1つでも舞台の主役になれる楽器を3つ集めてオーケストラと絡ませる大胆なアイデア。先述のオペラ「レオノーレ」と同時期に書かれたものでベートーヴェンのあふれる意欲がうかがえる。

なお後援者の貴族が弾くことを想定してピアノの楽譜は少し易しめにしたという挿話も。ベートーヴェンといえど「大人の事情」を無視はできなかったのだ。

それゆえ現代のピアノの腕に覚えのある指揮者なら、ピアノと指揮を兼ねた弾き振りが可能。これはビジュアル的にかなりカッコいい。今回の大井駿も才能の輝きをクールに見せ付けてくれるはず。

一方チェロの楽譜は楽器の可能性をフルに引き出した内容でプレイヤーの腕の見せどころが満載。https://youtu.be/6SoiYp1x9ro

2曲を聴くことでベートーヴェンって思わず身体の動いちゃう音楽だと気付ける。

O.E.Tが響かせるその瑞々しい息吹と緻密でしたたかな構成の妙にぜひ触れて欲しい。

camp-fire.jp

※文中敬称略