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文化・社会トピック切抜き帖

【CDレビュー】ハイメ・ラレード〔ヴァイオリン/ヴィオラ〕80歳記念ボックス

先般日本人ピアニストの入賞で話題を呼んだエリザベート王妃国際音楽コンクールは毎年ピアノ、ヴァイオリン、チェロ(2017年に作曲部門が廃止されて代わりに導入)、声楽の各部門がローテーションで行われる。

1937年にベルギーが生んだ大ヴァイオリニスト/作曲家/指揮者の名を冠してウジェーヌ・イザイ国際音楽コンクールとして開始され、当初のピアノ、ヴァイオリン部門はソ連のアーティストの独擅場だった。第2次世界大戦後、冷戦の構図が固まるのと軌を一にしてアメリカ勢の進出が始まり、1952年にソ連勢不在ながらピアノのレオン・フライシャーが優勝、1955年のヴァイオリン部門では両親がソ連から移住したアメリカ人のボリス・セノフスキーが後に伝説の存在となるソ連ユリアン・シトコヴェツキーを抑えて制した。そして1959年、ボリビア出身のアメリカ人ハイメ・ラレード(1941~)が第1位に輝いた(第3位は後のボストン交響楽団コンサートマスターのジョゼフ・シルヴァースタイン)。南米系の器楽奏者による格の高い国際コンクール制覇は当時史上初、以降の歴史を眺めてもピアニストのマルタ・アルゲリッチ(1941~;アルゼンチン〔後にスイス国籍〕)の1965年ショパン国際コンクール優勝くらいだろう。

当然のごとく脚光を浴びたラレードはすぐにRCAが契約してまずリサイタル盤、続いてミュンシュなどが指揮者の協奏曲アルバムを制作した。力こぶのはっきりしたコシの強い弾きっぷりは押し出しのある内容で次代のヴィルトゥオーゾと目されたのも頷ける。ライヴァルのCBSアイザック・スターンがいるなか「ポスト・ハイフェッツ」の確保が急務だったRCAはこの時期、若手の有望株にどんどん手を伸ばした。

しかし、程なくラレードは「スターソリスト路線」から離れ、マールボロ音楽祭などの室内楽に軸足を移し、録音もアンサンブルの一員が主となった。その中でグレン・グールドとのバッハのヴァイオリン・ソナタは異色の名盤として知られる。

この方向転換は現在の視点から振り返ると的確だった。というのも同時期にRCAからデビューした「有望株」たちは1960年後半になるとパールマンやズッカーマンの台頭で立ち位置を失い、消えていったから。

ヴィオラの腕も確かなラレードは1980年代以降、ピアノのアックス、チェロのヨーヨー・マと一緒にスターン晩年の室内楽の一翼としてモーツァルトブラームスフォーレなどのピアノ四重奏曲の演奏、録音を支えた。またピアノのカリックシュタイン、チェロのシャロン・ロビンソン(ラレードの2番目の妻。ちなみに最初の妻は美人ピアニストのルース・ラレード)とトリオを組み、指揮者としても活動した。

2021年6月7日に80歳となったラレードを讃えるこのRCACBSソニークラシカル)録音集成には一時の名声に溺れず、地道な歩みで息の長い音楽人生を展開した名手の足跡が素晴らしい共演者の顔ぶれと共に刻まれている。

コンプリートRCA・コロンビア・アルバム・コレクション<完全生産限定盤> ハイメ・ラレード

ヴァイオリン・アンコール名作集 ハイメ・ラレード(ヴァイオリン)、マーゴ・ギャレット(ピアノ)

J.S.バッハ:ヴァイオリン・ソナタ集(全6曲)<期間生産限定盤>

Rorem:Double Concerto,After Reading Shakespeare/Micahel Stern(cond), IRIS Orchestra, Jaime Laredo(vn), Sharon Robinson(vc)