アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

生誕95年 指揮者ベルティーニ随想

 
 
 
 
 
View this post on Instagram
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

A post shared by NAKAGAWA Tadashi(中川 直) (@choku_nakagawa)

ガリー・ベルティーニ(1927~2005)と出会ったのは1996年11月、シュトゥットガルト放送交響楽団との来日に際してタワーレコード渋谷店で行われたインストアイヴェント。

当時16歳の私の質問に彼は目を見ながら丁寧に答えてくれた。程なく、同年12月1日に東京芸術劇場で行われた公演のテレビ放送を視聴できた。

プログラムはモーツァルト交響曲第40番とマーラー交響曲第1番。

ヴィオラからモーツァルトが始まった瞬間引き込まれた。速めのテンポを軸にシャープな音楽。

しかも、随所でサッと響きを膨らませ、ロマンというか翳の差し込む瞬間がある。その切り返しの鋭敏さに心底驚いた。

後半のマーラーは細かい箇所まではっきり見えて作品解説のよう。しかも音楽の質感はしなやかで千変万化の色彩。濃く暗い感情をにじませる箇所もあるが、決してもたれず響きの明澄さを維持していくのに敬服。さらにフィナーレでホルンを立たすシーンに初めて出くわし、文字通り圧倒された。

1998年、ベルティーニ東京都交響楽団音楽監督に就任。東京都交響楽団の会員(都響メイト)だったので一気になじみ深い存在となった。就任披露演奏会で取り上げたラヴェルの「ダフニスとクロエ」全曲の透明度が高く、情景の変化に応じて硬軟、明暗が千変万化する響きの質感とシャープなリズムの跳ねはまさに鮮烈だった。

ベルティーニと言えばマーラー

1991年にケルン放送交響楽団サントリーホールで行ったチクルスは今や伝説だし、私が聴けた都響との交響曲第6番、交響曲第7番は時が経ったいまライヴ録音を聴いても胸が熱くなる内容。行き届いた解析のうえで振幅の大きい歌いこみ、色合いの微妙な変化を加える技が冴え渡った。とりわけ弦楽器の質感の調整術は本当巧かった。

第6番のアンダンテの深淵は忘れがたい。

マーラー以外では前述のラヴェルヴェルディのレクイエム、ブラームスのドイツ・レクイエムが心に残っているコンサート。

欧州ではオペラ指揮者として名高かったベルティーニ。残念ながら彼のオペラに接する機会は無かった。幸いオペラではないが、ヴェルディのレクイエムを聴けた。奥行きある清澄な雰囲気を保ちつつ、要所ではほの暗い響きによる情念漂うドラマを表出していた。やや短い指揮棒で身体を上下、左右に動かしながら振る姿が懐かしい。

ブラームスのドイツ・レクイエムではオーケストラと声楽の織り成しの美しさ、曇りなき音の背後に浮かぶ陰翳がもたらす余韻に陶然とした。

ベルティーニほど色彩、響きの厚みや硬軟、そしてリズムに鋭い感覚を持った指揮者は稀有。この感覚によりスコアの徹底した掘り起こしはもちろん、解像度を損なわずに濃密な歌いこみ、劇性の発露もやってのけた。そしてマーラーの音楽はこうした彼の持ち味にピッタリだった。一方、あまりにマーラーのイメイジが強く、他のレパートリーの演奏に陽が当たらず残念。

東京都交響楽団との7年がベルティーニにとって幸福だったかは分からない。しかし、彼が都響に来てくれたおかげで、私は一番熱心に演奏会通いをした時期に質の高い音楽にたくさん接する機会を得られた。感謝の気持ちを持ち続けている。

ベルティーニ/ケルン放送響 ライヴ・コレクション

ベルティーニ/ケルン放送交響楽団 R.シュトラウス: 交響詩《ツァラトゥストラはかく語りき》、ブルレスケ

ベルティーニ/ケルン放送交響楽団&合唱団 Mozart: Messe KV.427

ベルティーニ/東京都交響楽団 マーラー:交響曲第7番

ベルティーニ/東京都交響楽団 ブラームス:ドイツ・レクイエム