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文化・社会トピック切抜き帖

芯の太い合理主義者のNo.2【金鍾泌・元韓国首相死去】

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6月23日に92歳で死去した金鍾泌・元韓国首相は2015年、韓国・中央日報のロングインタビューを受けている。2017年の暮れ、新潮社から日本語版が出版された。すぐ地元の図書館にリクエストしたところ2018年5月にようやっと神奈川県立図書館が応じてくれて読めた。縁戚関係にあった朴正熙氏の政権奪取への協力、朴大統領の下で首相として携わった日韓国交回復、公職追放を経て民主化後の政治家転身、かつて朴氏の政敵だった金大中氏の大統領当選に手を貸した後の2度目の首相就任などを詳細かつ率直に語っている。歴史問題や竹島についてかなり辛辣な見解を述べつつ、必ず強調したのは対日関係の重要性。韓国の発展には日本の力が必要という合理主義者の旗は最後まで下ろさなかった。中曾根康弘氏とは長年のゴルフ仲間。漢字推進論者の顔もあった。R.I.P. #読書 #新潮社 #中央日報 #金鍾泌 #首相 #元首相 #国務総理 #元国務総理 #中曾根康弘 #中曽根康弘 #朴正熙 #韓国 #大韓民国 #ナンバー2 #ナンバーツー #日韓関係 #神奈川県立図書館 #訃報 #JP #三金 #クーデター #金大中

メディアではJPと略された金鍾泌氏。朴正煕氏の懐刀で同政権の首相として金大中事件を政治決着していながら1998年の大統領選挙の際、金大中氏と連合したあたりは中曾根康弘氏もビックリの風見鶏。それだけ冷徹に韓国の発展のために何が必要かをいつも考えていたのだろう。2度の首相時代に取り組んだ日韓国交回復、日本文化開放もそうした観点から推進した。過去の歴史、自身や韓国世論の複雑な対日感情を踏まえ、主張は維持しつつ、韓国発展のために日本、日本人をよく分析してうまく渡り合った金鍾泌氏。日本としてもこういうひとが相手ならいくらか話し合いになったが、いまの韓国とはもう望み薄。

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