アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

2022年7月9日/髙橋望ピアノ・リサイタル【新たな一歩で聴かせた内なる熱】

 
 
 
 
 
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A post shared by Tadashi Nakagawa (@choku_nakagawa)

 

ドレスデンでペーターレーゼルの薫陶を受けたピアニスト髙橋望については幾度か取り上げてきた。

choku-tn.hatenablog.com

体系的な活動を重ねる彼が今回スタートさせたのはリサイタルシリーズ「バッハとシューベルト」。前半に2021年リリースのCDが好評だったバッハのパルティータなどを置き、後半はシューベルトソナタが来るプログラム。

mikiki.tokyo.jp

冒頭のイタリア協奏曲は電車遅延のためモニター鑑賞だったので省略。2曲目のパルティータ第2番は既発のディスク同様、アップダウンの再現やリズム表出の緻密さに楽曲の論理を見透かす高い分析力が感じられる一方、全体はベーゼンドルファーサウンドを生かした潤いのある進行で聴き手を作品世界の中で心地よく呼吸させる。終盤はライヴ特有の追い込みや揺れもあっていつも引き締まった表情を崩さない彼の内に波打つものが覗いた。

シューベルトのピアノ・ソナタについてかつて俵孝太郎はこんなことを書いている。

可愛らしい楽想を中断するように、時としてピアニスティックな響きが割って入って、木に竹を接いだようになりやすい面がある。

『CDちょっと凝り屋の楽しみ方』(コスモの本;1993年)より

俵孝太郎シューベルト好きらしく上掲書にシューベルトの作品が複数回登場するが、筆者はいくつかの作品を除いてシューベルトが大の苦手。その理由の一つが先の俵孝太郎の著書から引いた要素。いいメロディだと思ったら急に出来の悪いリストみたいなガチャガチャした動きが立ちふさがり、感興を削がれる。大作曲家への失礼は重々承知の上で断じるなら作品(楽章)全体の論理性を確保しつつ、楽想を展開させることが苦手だったようだ。

本リサイタルで髙橋望が弾いた第18番「幻想」も鬱蒼たる情景に浸っていると突然屈折した明るさが割り込んでくる。これをいかに処理するかでピアニストの引き出しが試されるが髙橋望はやたらとコントラストを打ち出したり、あるいは無理やり流れに押し込めたりせず、いつの間にか音楽の硬度や色合いをスルっと変化させてシューベルトの不思議さを可視化する。レーゼル譲りの音と音の間の濃密さがあるからできる技。アンコールの即興曲でもその長所が反映され、またバッハ同様響きの奥に焔が揺れていた。

分析眼を発揮しながら聴き手の開放性を忘れない持ち味に加えて、ふつふつと伝わる熱が加わった髙橋望。リサイタルシリーズの今後に期待が膨らむ。

※文中敬称略※