アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

My Favorite Things Special【シャーロック・ホームズ正典短編ベスト10①】

※一部ネタばれあり※ 

前回の続き。ベスト10をコメント付きで。

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第10位:青いガーネット(『シャーロック・ホームズの冒険』)

最初の帽子を巡る推理が楽しい。「名探偵」の能力を示す手段としてひとの経歴などを当てて見せるケースは多いが、落し物の帽子から持ち主の素性を言い当てるのはなかなか。そこを起点に宝石の盗難事件に行きあたり、真相に近づいていくスピーディな展開の妙はドイルならでは。ホームズの相手の特徴をとらえ、得たい情報を引き出す会話術が面白い。犯人の動機が判然とせず(話しぶりから過去にも小さな盗みはしていた気配も感じられる)、そのままホームズが解き放ってしまうのに賛否が分かれようが「こんなこそ泥に関わりたくない」というホームズ流のプライドか。

第9位:唇のねじれた男(『シャーロック・ホームズの冒険』)

翻訳家・シャーロッキアン日暮雅通氏が本エピソードを講談社青い鳥文庫向けに訳した際、編集者から「唇のねじれた男」という邦題は実際に唇のねじれたひとが世の中にいるので避けて欲しいと言われたそうな。日暮氏は他に適当な役が思いつかず、編集者に下駄を預けたところ「変身」というとんでもないネタばれ邦題になってしまったらしい。「変身」ではセントクレア邸へ向かう際にホームズがワトスンに行う説明の途中で殆どの読者が真相を悟ってしまい、「なーんだ」と読むのをやめるだろう。また「他のエピソードもこんな下らない話か」と早合点しホームズ物語を読まなくなる可能性もある。ちなみにNHKグラナダテレビ制作のテレビドラマ版を放送した際は「もう一つの顔」だった。

ホームズ物語はヴィクトリア朝の後期が主な舞台で21世紀の日本とは何もかもが異なる。7つの海を支配した大英帝国の素顔は階級社会であり、人々は階級内の立身出世を夢見、上流階級においては体面が重んじられる一方、社会の底辺は悲惨極まりなかった。当時の英国社会の表と裏がホームズ物語には投影されており、作品の魅力の一つ。そこを変にぼやかしては単なる古びた通俗小説としか読めなくなる。例え児童向けでも解説や注釈でフォローするなどすればいい話。実際そうしている良書もあるし。

My Favorite Things Special【シャーロック・ホームズ正典短編ベスト10〔序章〕】

※一部ネタばれあり※

読書遍歴の原点がサー・アーサー・コナン・ドイルが創作したシャーロック・ホームズ物語だという話を以前記した。

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ホームズ物語を生んだ作家ドイルの筆捌きの強みは①キャラクター創出能力、②アイディアの独創性、③素早い展開。

①あれこれ言うに及ばず。シャーロック・ホームズとジョン・H・ワトスン医師はイエスキリスト以外で世界一有名なキャラクターとされるほどだし、モリアーティ教授などの悪役、マイクロフト・ホームズをはじめとするサブキャラもそれぞれ見事にキャラ立ちしている。事件の依頼人たちまで魅力を放つ場合さえある。

②『赤毛連盟』の「赤毛トリック」が代表的。『青いガーネット』『六つのナポレオン』など思いもよらぬ糸口から大犯罪がむくむくと姿を現すあたりの鮮やかさは何度読んでも新鮮。

③②とも繋がるが事件が動きだすとうじうじせずガラッと場面転換が図られ、ホームズの冴えわたる推理と機敏な行動で一気にかたがつく。活劇調の面白さ。

逆にドイルの欠点は〔1〕細部の詰めの甘さ〔2〕論理性・一貫性の欠如。

〔1〕世界中のシャーロッキアンなる人種がほじくり返すネタの殆どはドイルのいい加減さから生まれている。とりわけ年代記のミス、前後関係の転倒は頻繁。そして医師出身なのにワトスン医師の古傷があちこち移動する体たらく。ドイルは前に書いたものとの矛盾の有無を確認せず、アイディアが浮かぶとササッと書いていたことが覗える。

〔2〕ミステリには一定の論理性が不可欠だがドイルはこの点の構築も不得意。先述の「赤毛トリック」の場合、「トンネルを掘った後の土はどうしたのか」という問題が未解決だし、名作とされる『まだらの紐』のプロットは蛇の生物学的特性を完全に無視している。『最後の事件』に至っては話が成立していないと感じるほど支離滅裂の内容。あえてドイルを擁護すれば彼の全盛期だったヴィクトリア朝の晩期はまだ小説のジャンル分けが厳密ではなくホームズ物語はミステリ、スリラー、怪奇、SFの要素がないまぜになっている部分がある。従って20世紀に入って確立するいわゆる本格ミステリの隙のない構成をホームズ物語に求めるのは酷というもの。細かいところに拘らず、キャラクターの魅力と勢いで一気に読ませる作風だから時代、風習ともに大きく隔たった現代の日本でも愛されていると言える。

ドイルは長編4、短編56の計60編のホームズ物語(正典と呼ばれる)を遺した。彼の魅力と欠点を考えると良さが発揮されているのは短編。そこで56の短編の中からお気に入りの10編を選んでみる。次回、ベスト10を簡単なコメント付きでご紹介する。

コナン・ドイル〔作〕深町眞理子〔訳〕/シャーロック・ホームズの冒険(創元推理文庫)

河村幹夫/ドイルとホームズを「探偵」する(日経プレミア)

中尾真理/ホームズと推理小説の時代(ちくま学芸文庫)

青山霊園に眠るひと【緒方竹虎・松岡洋右】

2018年(平成30年)3月31日訪問

https://www.instagram.com/p/Bg-bM3DHRjh/

3月31日、青山霊園にて。近年桜の盛りはあっという間に過ぎてしまう。#青山霊園 #桜並木 #散っている #先祖の墓参り #2018年 #3月31日

https://www.instagram.com/p/Bg-h4xHnoy6/

「総理になれなかった大政治家」緒方竹虎・元副総理。戦前は朝日新聞記者で2.26事件に遭遇した。#青山霊園 #政治家 #2018年 #3月31日

https://www.instagram.com/p/Bg-i-WqHl_k/

松岡洋右・元外相の墓所。彼は東京裁判の公判中に逝去。佐藤栄作・元首相の寛子夫人は元外相の姪。#青山霊園 #3月31日 #外交官 #2018年 #クリスチャン

青山霊園墓所のある人ではいわゆる「坂の上の雲」のひとたちやお雇い外国人が有名だがこんなひとたちも永久の眠りについている。

知れば知るほどビックリ【サヴァリッシュのモーツァルトライヴ1991年@武道館】

1月のブログでモーツァルト没後200年の1991年にヴォルフガング・サヴァリッシュ指揮、ウィーン交響楽団が中心となって武道館で行ったオールモーツァルトプログラムのことを記した。

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1991年9月11日~13日に開催されたようだが他にも映像がザクザク出てきて相当な規模だったと分かる。ピアノのブッフビンダー、テノールのアライサ、ソプラノのマクロウリンなど大物ソリストを招いて交響曲、協奏曲、オペラハイライト、声楽とモーツァルトの幅広いジャンルの名曲を網羅。サヴァリッシュのノリも良く単なるお祭り演奏にとどまらない充実の好演ばかり。

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実体験したものとしては2002年に当時読売日本交響楽団常任指揮者のゲルト・アルブレヒトが読響の創立40周年記念として3日間の「モーツァルト・グランド・ガラ・コンサート」を行っており、これは素晴らしかった。

読売日響モーツァルトガラ(個人サイトに記されたプログラムリスト)

しかし規模、ゲストの顔ぶれの観点で見るとサヴァリッシュモーツァルトフェスティバルが遙かに上。バブル絶頂期の1991年の「モーツァルト狂騒曲」ならではの一大イヴェントだった。

サヴァリッシュ指揮【DVD】モーツァルト:歌劇≪魔笛≫

Wolfgang Sawallisch in Prague/モーツァルト「ジュピター」ほか

サヴァリッシュ指揮/Mozart:Cosi Fan Tutte

サヴァリッシュ指揮/Mozart:Don Giovanni

3/31放送NHK-FM「N響ザ・レジェンド」【中村紘子のラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番】

2017年度最後の「N響ザ・レジェンド」は中村紘子(1944-2016)特集。1980年1月16日、NHKホールでライヴ収録されたラフマニノフのピアノ協奏曲第3番がメイン。指揮はキリル・コンドラシン(1914-1981)、最初で最後のN響客演だった。


Rachmaninov Piano Concerto No.3 - Kirill Kondrashin

中村紘子は少女時代、ヴァン・クライバーンの弾くこの曲のレコード(1958年カーネギーホールライヴ)を聴いて憧れ、いつか弾きたいと心に決めた。そしてレコードでクライバーンと共演していたのが他ならぬコンドラシン。従ってこの演奏に中村紘子は相当な気持ちを持って臨んだと推測する。事実、多少硬い質感ながら華やかで輝かしいサウンドが繰り広げられ、作品の醍醐味を存分に表現している。コンドラシンのサポートも行き届いた内容。

残りの時間は2009年のデビュー50周年記念演奏会の後半、ショパンのピアノ協奏曲第1番が流された。指揮は東京交響楽団ニューイヤーコンサートで度々共演した秋山和慶


Chopin Piano Concerto No.1 Op.11 Hiroko Nakamura

力演のなかにまろやかさのある弾きっぷりは最良の意味で大人のショパン。秋山のガシっとメリハリの効いたバックとの響き合いが立派。

中村紘子は文章、座談の名手として知られた。生前各種レコード賞と殆ど無縁だった一方、文筆面では審査員視点からのドキュメンタリーエッセイ『チャイコフスキー・コンクール』が1989年度大宅壮一ノンフィクション賞に輝き、『ピアニストという蛮族がいる』は文藝春秋読者賞を受けた。こんなピアニストはもう出るまい。好き嫌いを超えて注目しちゃう格別のひとだった。

※文中敬称略

クライバーン/ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番(カーネギーホールライヴ)

クライバーン/ラフマニノフ:ピアノ協奏曲第3番(モスクワライヴ)

1982年のメニューイン①【バルトーク:ヴァイオリン協奏曲第2番】

https://www.instagram.com/p/Bg84wA2Hjim/
ユーディ・メニューインのライヴ録音集。バルトークの協奏曲はこれが初発売。結構違う音を擦っているが全体の形は崩れず、粘り腰で聴かせる。ブラームスはレコード時代に高い評価を得た兄妹共演。BBCmusicmagazine2016年7月号付録CD。#メニューイン #bbc交響楽団 #1982年 #ライヴ録音 #豪華付録 #危うさ #スリル満点 #バルトーク #ヴァイオリン協奏曲 #第2番 #クラシック音楽
バルトークが1982年ライヴと聞いて同年の来日公演が相当に不安定だった話を思い出したが、十分鑑賞に堪えるできばえ。兄妹共演で1961年収録のブラームスの愁いを含んだしみじみ感は格別。妹ヘプツィバの1981年の急逝はメニューインにかなりの精神的ダメージとなった。

My Favorite Things【思い出の名車をミニカーで:アウディV8〔1988〕】

https://www.instagram.com/p/Bg6TBHpnl-3/

ミニチャンプス1/43アウディV8(1988):現在のアウディの原点。正攻法のデザインで30年経っても旧さを感じさせないのは大したもの。亡き父の愛車だった。#アウディ #アウディv8 #ミニチャンプス #1/43 #温故知新

サテンシュヴァルツメタリックの名を持つブラックはシャープなフォルムに映えたが、洗車には手が掛かったらしい。高級車では当時異例の4輪駆動(クワトロシステム)。父は大きい割に運転しやすいと気に入り、結局生涯アウディを乗り継いだ。