アフターアワーズ

文化・社会トピック切抜き帖

My Favorite Things Special【ドラマ「刑事コロンボ」ベスト10②】

以下の記事の続き。※一部ネタばれあり※

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第7位:構想の死角(第3話・第1シーズン第1話)

脚本:スティーブン・ボチコ

監督:スティーブン・スピルバーグ

犯人役ゲスト:ジャック・キャシディ

刑事コロンボの生みの親、リチャード・レヴィンソンとウィリアム・リンクはともにエラリー・クイーンの信奉者だった。クイーンの代表的プロットと言えばダイイングメッセイジ。このツールは最後の解決まで読者の興味を引き付けられる反面、ネタが割れると陳腐化し、作品の現実からの遊離を印象付けてしまうリスクもある。

2人が刑事コロンボのシリーズ放送開始に際し、最もインパクトがあると考えて第1話に選んだ「構想の死角」の決め手は被害者が殺人の遥か以前に残していた変形ダイイングメッセイジ。しかも被害者と加害者は2人組のミステリ作家、そして被害者自身が殺される前にそれを思い出すシーンすらあるという念の入れよう。1980年代にプロデューサーとして名をはせたスティーブン・ボチコ(2018年死去)の緻密な脚本に後の大監督スピルバーグの明と暗、引きとアップのコントラストを強調したメリハリの鋭い演出がうまくかみ合い、何度も見られるレヴェルのエピソードに仕上げた。スピルバーグは後年のインタビューで脚本の質の高さを絶賛している。当時キャメラを動かす直感的才能は認められていたが「テクニックだけで役者を演出できない」と揶揄される状況だったスピルバーグ。本エピソードでフォークや犯人役のジャック・キャシディなど舞台経験のある俳優たちを見事に色付けし、評価が高まるきっかけとなった。

なお刑事コロンボでストレートにダイイングメッセイジを取り入れた作品が登場するのは旧シリーズ第7シーズンの「死者のメッセージ」。こちらは犯人アピゲイル・ミッチェル(やはりミステリ作家でクリスティがモデルだろう)の個性、演じたルース・ゴードンの魅力で全体を包むことにより、解決のみが浮かび上がるのを抑えた佳作。

第10位:魔術師の幻想(第36話・第5シーズン第5話)

脚本:マイケル・スローン

監督:ハーベイ・ハート

犯人役ゲスト:ジャック・キャシディ

子供の頃、「金曜ロードショー」で見た作品。舞台上でコロンボの挑戦を受けるジャック・キャシディ演じるサンティーニの姿は当時強く心に残った。決め手の小粒さは惜しいが忘れがたい1本。

レヴィンソンとリンクにはマジック好きの共通点もあった。このエピソードが制作された頃、もう2人は刑事コロンボの現場から離れていたとはいえ、マジックが題材のエピソードの登場はある意味当然と言えた。刑事コロンボの持つリッチな雰囲気にも合致するし。作中でサンティーニが披露するマジックは実際のトップマジシャン、マーク・ウィルソン(1929-)が振り付けた。ウィルソンはテレビを通じてお茶の間にマジックを届けた草分けのようだ。

www.markwilsonmagic.com

youtu.be

 被害者役ネハミア・パーソフはユダヤ人の名優。彼が出演した映画「さすらいの航海」は大国間の思惑に翻弄されるユダヤ人難民を描いた作品だがフェイ・ダナウェイ、ジュリー・ハリスなど刑事コロンボ関係者が多数出演している。

他にも本エピソードは「FBI捜査官マンクーゾ」のロバート・ロジア(クラブのマネージャー役)、後年NBCのドラマで人気者となったシンシア・サイクス(サンティーニの娘デラ役)、フォークの旧友でマーロン・ブランドとも共演した(映画「ドン・ファン」)ボブ・デシィ(ウィルソン刑事役)といった脇を固める俳優たちの好演が光る。

〔参考文献・リンク〕

「序章」と①を参照。

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【書籍】刑事コロンボ読本

ジェラルド・ジャーヴィスの面影【名コンサートマスター、日本との縁】

https://www.instagram.com/p/BrA5A04HVrG/
美しいハーモニーで聴かせる。響きの切り返しの硬さがこの指揮者の欠点だったがジェラルド・ジャーヴィスがリードする都響はしなやかに動く。第2部前半の深い翳、後半の清澄な盛り上がりは今もって高い説得力。#若杉弘 #東京都交響楽団 #フォンテック #マーラーチクルス #マーラー #交響曲第8番 #千人の交響曲 #1991年 #ライヴ録音 #サントリーホール #cd #クラシック音楽 #佐藤しのぶhttps://www.instagram.com/p/BrIHfsahuAA/
エッジの鋭い響きから放たれる透明で儚い色彩。声楽との呼応が繊細。ジャーヴィスのリードする弦がテンポ変化をうまく流れに乗せる。管も健闘。#若杉弘 #マーラーチクルス #マーラー #大地の歌 #サントリーホール #ジェラルドジャーヴィス #伊原直子 #田代誠 #クラシック音楽 #ライヴ録音 #フォンテック #cd #東京都交響楽団 #1991年
1980年代後半から1990年代前半に大阪フィルや東京都交響楽団コンサートマスターを務めたカナダのヴァイオリニスト、ジェラルド・ジャーヴィス(1930-1996)。
若き日はロンドン交響楽団などに在籍、友人のネヴィル・マリナーが結成したアカデミー・オブ・セントマーティン・イン・ザ・フィールズの創設メンバーでもあった。その後ボーンマス交響楽団(ちょうどシルヴェストリが常任指揮者だった)を経て1973年、故郷カナダのヴァンクーヴァー交響楽団コンサートマスターに就く。当時の音楽監督秋山和慶のもとでジャーヴィスは力量を発揮、「楽団の顔」とまで言われた。ところが1985年に秋山が退任、後を襲ったルドルフ・バルシャイジャーヴィスは対立し、結局ジャーヴィスが楽団を去った。
ICON: コンスタンティン・シルヴェストリ
それを受けて当時大阪フィルの首席指揮者だった秋山は1987年、ジャーヴィスを大阪フィルのコンサートマスターに招く。3年間務めた後、ジャーヴィス東京都交響楽団若杉弘音楽監督・首席指揮者)のコンサートマスターに転じる。並行して武蔵野音楽大学で教鞭もとった。
在任中、畏友マリナーの都響客演が実現。当初消極的だったマリナーは「ジャーヴィスがいるなら」と翻意したという。それから程なくジャーヴィスはガンのため病床につき、1996年に逝去した。
若杉 弘(指揮)、東京都交響楽団/R.シュトラウス: 交響詩 《ドン・ファン》
若杉 弘(指揮)、東京都交響楽団/マーラー: 交響曲第8番「千人の交響曲」
若杉 弘(指揮)、東京都交響楽団/マーラー: 「大地の歌」
モントゥー、ボールトなどの巨匠を見てきたジャーヴィスがそのやや早い晩年、思わぬきっかけから日本のオーケストラに来たのは幸いだった。彼以外にもヒューブナー、ポスピーシル、ノーランなど過去日本のオーケストラに在籍した海外のオーケストラメンバーは結構いるし、現在は元WPhのキュッヒルNHK交響楽団の客員コンサートマスタープロ野球でお金のかかるFA選手補強や大監督招聘ではなく辣腕コーチを迎えてチームが強くするやり方と同様、世界の名門楽団でもまれた楽団員を呼ぶことは下手な有名指揮者招聘よりオーケストラにプラスの効果をもたらしてきた。また先日亡くなったハープのヨーゼフ・モルナールは1950年代にウィーンから招かれるとそのまま定住、日本での当該楽器の普及に決定的役割を果たした。このように「招聘団員」の日本楽壇に対する貢献は大きく厚いもの。しっかり記憶、記録していく必要がある。
大阪フィル時代のジャーヴィス

朝比奈隆=大阪フィル「第九」1987/12/19

朝比奈隆=大阪フィル アルプス交響曲 1988

朝比奈隆=大阪フィル ブルックナー交響曲第8番 1989/9/8

東京都交響楽団時代のジャーヴィス

Haydn;Symphony#44 H.Wakasugi/Tokyo Metropolitan Symphony Orchestra
〔参考リンク〕
https://www.thecanadianencyclopedia.ca/en/article/gerald-jarvis-emc

『ピーター・フォーク自伝』【情熱とインテリジェンスにあふれた名優の気取らぬ言葉】

https://www.instagram.com/p/Bq8oBUynvHv/

機知、ユーモア。名だたる映画人たちとの出会いや別れが語られる一方、傍目から見れば凡庸なひとも結構大事に扱う。もちろん刑事コロンボの話はたっぷり。あともうひとつだけ、リアル「うちのカミさん」(2番目)の強烈キャラに苦笑い。2006年(日本語版2010年)刊行。#ピーターフォーク #刑事コロンボ #ベルリン天使の詩 #ジョンカサヴェテス #アランアーキン #フェイダナウェイ #東邦出版 #図書館で借りた本 #読書 #俳優 #画家 #自伝 #映画 #海外ドラマ #シェラデニス

2008年にアルツハイマー病を公表、2011年に83歳で逝去したフォーク。本書は2006年原書刊行なので晩年、事実上最後の公的な発信。時系列の一貫性はあまりなく、結構ほかのひとの話に脱線しがちだが内容の面白さに救われる。でも蛇行や脱線がひょっとしてアルツハイマー病の前兆かも想像すると・・・最後は自身の演じた役柄も分からなくなっていたそうだから。これだけのひとを蝕んだ病の恐ろしさ。

たくさんの挿話から伝わるのはフォークが共同作業(カセヴェテス、マクグーハンとの絆が代表格)を重んじ、一緒に仕事したひとたちを大切にしたこと。失礼ながら長身でも、美男子でも、美声でもないフォークが俳優道を極められたのは情熱、知性に加えて共演者や制作者との響き合いを重視する姿勢が理由だと感じた。

Just One More Thing

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清水和音/ショパン、リスト:練習曲集【ピアニストは演奏してこそ】

https://www.instagram.com/p/Bq2KhBFFq-w/

練り上げた美音、キッパリと刻むリズム、しなやかな輪郭。心地好いピアノサウンドの極点。片桐卓也の脱字だらけのライナーノーツは最悪。#清水和音 #ショパン #リスト #ピアノソロ #練習曲 #夕べの調べ #ため息 #ソニークラシカル #cd #クラシック音楽 #技巧派

1981年に20歳の若さでロン=ティボー国際コンクールピアノ部門第1位となり、一世を風靡した清水和音(1960-)。本来今頃が脂の乗り切った年齢と思うが演奏会で聴ける機会はあまり多くない。同じ時の第3位・伊藤恵と比較すればそれは明らか。教授職に時間を割かれている?ただ仕事がない?

エクストン(トリトン)からの録音リリースは続いているがショパンのピアノ作品シリーズは完成するのやら。ベートーヴェンソニー時代のライヴ録音全集に並び立つセッション録音の全集を目指すのか、有名曲でお茶を濁して終わりか不透明。

ピアニストは生涯現役のコンサートピアニストでいてこそ輝く。中村紘子園田高弘がそうだったように。疑いようのない大器の清水和音にはもっと舞台に立ち、持ち味の精妙な音作りを聴衆の前で披露してほしい。

清水和音(ピアノ)/【SACDハイブリッド】ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ集 Vol.2

ショパン:舟歌~ピアノ作品集/清水和音

長原幸太 - ヴァイオリン・リサイタル 2013

11/24「クラシック・ロシア by pianos」@オーチャードホール【思い出と現在形】

https://www.instagram.com/p/BqjUPgolMyo/

本日はこちら。http://www.bunkamura.co.jp/orchard/lineup/18_classic_russia/ #清水和音 #阪田知樹 #松田華音 #藤田真央 #ピアノ #ピアノソロ #2台ピアノ #クラシック音楽 #クラシックコンサート #オーチャードホール #bunkamura #チャイコフスキー #プロコフィエフ #ボロディン #ラフマニノフ #ムソルグスキー #2018年 #11月24日

《曲目》

第1部「ロシアの響きを聴く」(2台ピアノ)

プロコフィエフ(寺嶋陸也編曲):交響曲第1番「古典」-清水和音&阪田知樹

ボロディン(ポープ編曲):歌劇「イーゴリ公」より「だったん人の踊り」-松田華音&藤田真央

~休憩15分~

第2部「ロシアの名旋律を聴く」(ピアノ・ソロ)

ムソルグスキー(フドレイ編曲):交響詩「はげ山の一夜」-阪田知樹

ハチャトゥリアン:組曲「仮面舞踏会」よりワルツ-藤田真央

プロコフィエフ:バレエ音楽ロミオとジュリエット」から10の小品op.75より

第8曲「マキューシオ」、第10曲「別れの前のロミオとジュリエット」-松田華音

プロコフィエフ:バレエ音楽「シンデレラ」から6つの小品op.102より

第1曲ワルツ「シンデレラと王子」、第4曲ワルツ「シンデレラの舞踏会への出発」、第6曲「アモローソ」-清水和音

☆個々の演奏後にミニインタビューあり☆

~休憩15分~

第3部「ロシアの極みを聴く」(2台ピアノ)

チャイコフスキー(エコノム編曲):組曲くるみ割り人形」-阪田知樹&松田華音

ラフマニノフ:2台ピアノのための組曲第2番-藤田真央&清水和音

※アンコール※

阪田知樹:「ピーターの思い出」2台ピアノ8手連弾のための〜プロコフィエフの「ピーターと狼 作品67」による (世界初演)-全員

https://www.instagram.com/p/BqkXxjfFNy_/

驚きのアンコール。http://choku-tn.hatenablog.com/entry/2018/11/25/001724 #プロコフィエフ #阪田知樹 #清水和音 #松田華音 #藤田真央 #2台ピアノ #8手連弾 #11月24日 #2018年 #オーチャードホール #bunkamura #アンコール #世界初演 #2度とない #コンサート #クラシック音楽 #ピアノ

ピアノ:清水和音、阪田知樹、松田華音、藤田真央

ナレーションと聞き手:山田美也子

リニューアルオープンしたBunkamuraのオープニングシリーズの一環として賑々しく、のはずがやや寂しい客の入り。顔ぶれの面白さを考えると宣伝不足ではないか。

コンサート自体は楽しめた。会の性格上、あれこれごちゃごちゃ書き連ねるのは野暮なので個々のピアノストと全体の感想を簡単に。

清水和音・・・音の作り方のうまさ、響きからわき立つ豊かな光。奏者としての器の大きさを存分に見せた。かつてFM「クラシックリクエスト」で聞かせた辛口のユーモアがのぞく話術も健在。もっと演奏活動を増やして欲しい。

清水和音(ピアノ)+菊地裕介(ピアノ)/ラフマニノフ: 2台ピアノのための組曲第1番「幻想的絵画」 Op.5, 第2番 Op.17, 他

阪田知樹・・・作品解析能力、音楽の立体感は図抜けている。アンサンブルプレイヤーとしても硬軟の出し入れが巧み。アンコール用トランスクリプション「ピーターの思い出」は大労作。

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【SACDハイブリッド】スペイン狂詩曲/阪田知樹

松田華音・・・鋭い打ち込み、指の分離と回転スピードの高い性能。重箱の隅をきちんと掃除する。ロシアものには最良のキャラクター。

ムソルグスキー:展覧会の絵/松田華音

藤田真央・・・フィギュアスケート浅田真央の演技で有名になった「仮面舞踏会」のワルツを同名のピアニストが弾くとは。流麗に運ばれる稜線のしなやかな音楽はそれだけで魅力十分。なよついた喋りが玉に瑕。

passage ショパン:ピアノ・ソナタ第3番/藤田真央

上記の通り演奏面では4人それぞれがアンサンブル、ソロで自身の良いものをしっかり発揮。アレンジ物は編曲者毎のサウンドポリシーの相違が耳で感じ取れて面白かった。またラフマニノフ組曲第2番の蠱惑的美しさを再認識。アンコール含めてほぼ予定時間内で収め、周到な準備が覗えた。

個人的に嬉しかったのは当方が一番クラシックに燃えていた頃、FM生中継「N響演奏会」の案内役だった山田美也子の生声を聴き、御姿も拝見できたこと。このひとの声に導かれ、幾多の名演に出会った。清水和音を初めて聴いたのも1997年2月19日のFM生中継。オラシオ・グティエレスの代役でブラームスピアノ協奏曲第2番。いま以上に物知らずだから「急に言われてこんな長くて難しい曲弾けるんだ」「協奏曲で4楽章ある」とか他愛ない事柄に興奮したのを思い出す。

現在形の名手たちの技に触れながら、過去の記憶がよぎった素敵な3時間。長丁場の割に疲労感はなく、後味の気持ちいいコンサートだった。

※文中敬称略※

My Favorite Things Special【ドラマ「刑事コロンボ」ベスト10①】

こちらの続き。※一部ネタばれあり※
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ベスト10は以下の通り。

  1. 祝砲の挽歌
  2. 指輪の爪あと
  3. 歌声の消えた海
  4. 別れのワイン
  5. 二枚のドガの絵
  6. 完全犯罪の誤算
  7. 構想の死角
  8. 逆転の構図
  9. 権力の墓穴
  10. 魔術師の幻想

ではこれから2、3エピソードずつ個人的コメント付きでご紹介。

第1位:祝砲の挽歌(第28話・第4シーズン第3話/米国初回放送1974年10月)

脚本:ハワード・バーク
監督:ハーベイ・ハート
犯人役ゲスト:パトリック・マクグーハン(ラムフォード大佐役)

オープニングの数分間だけとっても文句なしの最高傑作。薄暗い廊下のカットからゆっくりと室内の人物に寄る。そして殺人の準備を行うラムフォードの手元と表情をかわるがわる捉える。汗を拭く以外表情一つ変えず、淡々と砲弾に細工する姿。セリフ、音楽なしでもこの人物が厳格な強い信念の持ち主でわずかに狂気すら孕むことがは分かる。マクグーハンの演技力(本作で1975年5月にエミー賞受賞)と撮影の上質さに脱帽。

「決め手」を見ると「祝砲の挽歌」は「別れのワイン」の発展形。「別れのワイン」はワインの味の変化に気付いて反応したことが「自供」となり、本作はリンゴ酒を見過ごせなかったゆえに自身と犯行現場が結びつき、日時まで特定された。信念が犯行に繋がり、最後は自らの首まで絞める孤独感と悲哀は単なるミステリを超えた人間ドラマの領域に達している。

刑事コロンボが日本で人気を呼んだ背景には吹替の面白さが大きく作用した。その「功績」は確かだが、本作を含めてマクグーハンがゲスト出演した回は原語+字幕が面白い。マクグーハンの通りの良い声とフォークのしわがれ声のコントラストが生み出す、会話シーンの鋭く繊細な押し引きは吹替だと丸まってしまうから。しかも物語の後半、ラムフォードとコロンボが校長室で1対1になり、高級葉巻をラムフォードが勧める場面で多くの視聴者がコロンボについて抱く疑問点をラムフォードが問うが、吹替では「酒はやらんのかね?」に改変されている。このシーンだけでもコロンボファンなら原語で見てほしい。

本作はサウスカロライナ陸軍士官学校でロケが行われた。エンドクレジットには謝意が表示される。必ずしも軍隊のアピールにならない作品に協力したあたり、ヴェトナム戦争末期で軍隊への視線が厳しかった時代背景がうかがえる。

原題の「By Dawn’s Early Light」はアメリカ国歌の一部。プロテストじみたセリフこそないがそれだけに色々考えて見る余地もある。

www.citadel.edu

第6位:完全犯罪の誤算(第52話・新シリーズ第2シーズン第3話/米国初回放送1990年2月)

脚本:ジェフリー・ブルーム
犯人役ゲスト兼監督:パトリック・マクグーハン(オスカー・フィンチ役)

2018年11月、NHK刑事コロンボ米国放送開始50周年を記念してインターネット投票によるベスト20を発表した。

www9.nhk.or.jp

見ての通り全て旧シリーズ(米NBC/1968・1971~1978年)から選ばれており、1989~2003年に米ABCで放送された新シリーズのエピソードは1本もない。確かに新シリーズは脚本や構成上の不備、演出の稚拙さ、犯人役が二流などの欠点が目につく不出来な作品が多いので無理からぬところ。

ただ唯一「完全犯罪の誤算」は十分傑作と言えるレヴェルに達しており、かねてからお気に入り。

最大の魅力はパトリック・マクグーハンの存在。3度目の犯人役登板で好演、しかも監督兼任として洗練された品のある演出で作品全体を仕上げた。本作品の演技で2度目のエミー賞に輝いている。ピーター・フォークの自伝によればマクグーハンは脚本のリライトも行ったという。当初の脚本の決め手が甘いと感じたフォークは自身が制作の数年前に偶然歯医者の待合室で読んだ雑誌に書かれていた手掛かりを盛り込んでリライトするようマクグーハンに依頼し、快諾されたのだ。それが例の噛み跡のプロット。

監督マクグーハンの画作りの工夫は随所で冴える。まず犯行準備シーン。余計な音楽、効果音一切なしで手元と表情を丁寧に映す。この撮り方は自身が16年前にゲスト出演した「祝砲の挽歌」そっくり。また薄暗いビルトモアホテルのボールルームでコロンボと対峙するシーンはやはり「祝砲の挽歌」の明るい陸軍幼年学校の市松模様の中庭での場面と対を成すし、車を挟んだユーモアシーンは「仮面の男」(旧シリーズ第5シーズン第3話・マクグーハンが犯人役ゲスト兼監督)を思わせる。

とかく新シリーズはプロットに凝りすぎ、だらだらと長く、その割に雑な作りという笑えない作品ばかりだったがマクグーハンは本作で旧シリーズの美点をきっちり継承し、「奇を衒わず、過去の諸要素を踏まえてうまく凝縮すればいいんだ」と明確に表現した。

特に犯行準備シーンの処理は刑事弁護士が数十分でいきなり手の込んだ殺人を計画、実行する不自然さを過去に自身が演じたものとの連続性を見せることで補う「コロンブスの卵」的アイデアで見事。

演技面では喋る職業のためマクグーハンの声の良さが一層際立っており、原語版の一聴をおすすめしたいところ。一方ともにエミー賞受賞のフォークの演技は普通、というよりあまり印象に残らない。ここが本作の欠点かも。犯行現場で床を念入りに調べて、その結果殺人であることを見抜くシーンはやはり「祝砲の挽歌」を彷彿とさせる。

〔参考文献〕(「序章」で挙げたものに加えて)

『ピーター・フォーク自伝』(東邦出版;2010年)

【Hatena Blogお題投稿】秋の夜長に読む本2018

今週のお題「読書の秋」

昨年に続いて。

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1.堤清二(述)、御厨貴、橋本寿朗、鷲田清一(以上編集)『わが記憶、わが記録-堤清二×辻井喬オーラルヒストリー』(中央公論新社

子供の頃、親に連れられて「セゾン文化」の全盛期を肌で感じた世代なので堤清二辻井喬)の名前には得も言われぬ懐かしさと苦みを感じる。最近「再認識」の機運があるのは面白い。詩人として歩みだしたところに心ならずも流通グループのトップに座り、ままならぬ現実に対して逃げるでも戦うでもなく、斜めから向き合いつつ、試み、「無印良品」やライフスタイルを消費するモデルの提案で成功するも、結局核心のところが側近とも行き違っていて、最後は破綻する。本書の読みどころはその過程が本人の口から語られる点。血筋、送ってきた人生、出会い、関わったひとの顔ぶれ・・・それら全てに「業の深さ」がずっしり。端正な口調の向こう側にあるものの複雑さに読んでいて胸が痛む。昭和の終わりから平成の日本がどこからボタンを掛け違ったかを考えるうえでも示唆に富む。

このひとの場合、経営者としては事実上レッドカードを出されても、もうひとつの詩人、文学者の人格があり、そちらの価値は些かも揺るがなかった。むしろどんどんその領域を拡大し、賞や顕彰まで受けた。残された名文と本書を両にらみすれば、美しい言葉に排出していた澱との葛藤が浮かび上がる。

2.山崎正和(述)、御厨貴阿川尚之苅部直、牧原出(以上編集)『舞台をまわす、舞台がまわる-山崎正和オーラルヒストリー』(中央公論新社

劇作家、文明批評家、思想家・・・3つの世界を縦横に生き、佐藤政権のブレーンとしても活躍した山崎正和(2018年文化勲章受章)。本当の保守、保守人のありようを教えられる証言録。その原点は子供時代、思春期前期にある。やはり原体験を持っているひとは一本違うなと改めて思う。

3.村山富市(述)、薬師寺克行(編集)『村山富市回顧録』(岩波現代文庫

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4.後藤田正晴(述)、御厨貴(監修)『情と理-カミソリ後藤田回顧録』(講談社+α文庫)

戦前は官僚から軍人、戦後は官僚から政治家へ。幾重にもなる人生を歩んだひとの放つ言葉の楔。生々しくもあり、はぐらかしているようでもあり、あの顔のしわで語るさまが創造できる。情報収集と活用、サイバー危機への備えの欠如など今日を見通し、いまだ果たされていない要素がたくさん。強烈な自我と矜持は持ちつつ、好き嫌いを超えて能力があるとみなす権力者に仕えた「最強のナンバー2」。このタイプの人材の欠如が昨今の行政府で露見するありえない不祥事、不手際の原因だろう。

5.川島裕著『随行記-天皇皇后両陛下にお供して』(文藝春秋

2003年~2015年に宮内庁式部官長や侍従長を務めた筆者。いつも力むことなく背筋を伸ばして両陛下の後ろに控える姿が印象深い。不本意な形で外交官としてのキャリアが絶たれたことを思えば、やりがいのある仕事で官僚人生の幕がひけて良かったのでないか。淡々とした筆致から読み取れるのは接する国民ひとりひとりに何か「お土産」を授け、「天皇皇后両陛下や皇室があって良かった」と感じてもらうようにする天皇皇后両陛下の誠実かつ巧みな振る舞い。本当に両陛下は辛抱強いやり手でいらっしゃる。逆に言うと現在の皇太子ご夫妻=新天皇皇后両陛下に欠けているものもはっきり分かる。